Day 333:教師という仕事

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引っ越しも無事に終わったので、山にきた。もう20年以上の友人であり、大家さんでもある「おねえちゃん」の家に行き、近所のファームショップで買い物をし、おねえちゃんの友達の家に遊びに行った。

道すがら、その日の朝、小・中・高の同級生から受け取ったメッセージの話をした。小学校のとき、宗教委員という役職を与えられ、梅ヶ丘の障害者施設でボランティアを一緒にやり、卒業してからは連絡が途切れていたけれど、あるときニューヨークのスーパーで再会してからは折に触れて連絡をくれる人である。宗教委員になったのは、なんかやらかしたおイタの罰だったと思うのだが、そのボランティアの体験は、暗い小学校時代に、なにかを目指して熱中したひとつの明るい思い出として記憶に残っている。日記を読んでくれているであろう彼女からのメッセには、「ゆみは楽しそうに見えたけれど、いろいろ違和感があったんだね」というようなことが書いてあった。

小学校時代から、学校はとにかく苦痛だった。じっとしていられないうえに生意気だったであろう私は、低学年で問題児指定を受け、先生という人種にはとにかく辛くあたられた。ろくな大人にならないと言われたこともあるし、よく残された。無言の行(学校で声を出してはいけないという罰)をやらされたこともあった。とにかくうまくやれなかったのだ。そんな理由で、テストで全部100点をとっても、成績が4だったりもした。学習態度が悪いから、5はもらえないのである。その分、私の関心は学校の外に移っていき、図書館の本を片っ端から読んだりした。あるときから、先生たちのことを「こんな仕事をしているのだからルーザーに違いない」と決めつけ、反抗的な態度をとるようになった。

そんな自分がなんとか社会でやっていける人間になったのは、学校の外に、励ましたり「自分も悪くない」と思わせてくれた大人たちが何人かいたからだからだろうと思っている。あの体験から反抗の精神を身に着けたことも自分にとっては良かったと思う。が、苦痛だったことにはかわりない。なんせ、子供にとっては先生という人種は絶対的な権力なのだ。子供の頃、ベッドで泣きながら、「先生は、今私がこれだけ傷ついて涙していることを知っているだろうか」と考えたことを思い出した。

トラウマ、というほどではないのかもしれない。あの頃は、小学校なりの小さい世界は真っ暗だったけれど、大人になってみると、何らかのきっかけによってたまに思い出す程度のことになった。そういえば、ちょっと前に目にした小学校の担任制についての記事に、やっぱり毎回100点なのに一番良い評価をもらえない子供のことが書いてあって、心がちくりと傷んだ。今なら、先生という人たちだって人間で、生徒に手を焼いていたのだ、と理解ある大人らしく考えることもできるけれど、子供にはそんなことはわからない。先生たちには子供の精神や人格形成に与える影響を重く受け止めてほしいと思う。

備忘録:世界一の教育国・オランダが実践する「まったく新しい小学校担任制(現代ビジネス)

Yumiko Sakuma