Day 306:アメリカというリアリティ番組

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LAを後にして、東京に向かう。友達の子供が帰り際に「バイバイの歌」を歌ってくれた。機内で、大学生くらいと思われる女の子が「カーダシアン家のお騒がせセレブライフ」を見ているのが見えて、カニエが大爆発中であることだし、どうなっているのかとちらりと見てみた。

そのなかで、カーダシアン家の母親のクリス・ジェナーが、コートニーの元夫であるスコットのサジェスチョンによって、自分の人生を振り返るビデオを作るシーンがあった。若きし頃、当時デートし始めたばかりだったロバート・カーダシアンが、当時クライアントで、OJシンプソンと一緒に、ブルース・ジェナーの競技を見に行ったことを振り返るシーンを見た。言うまでもなく、当時人気フットボール選手だったOJは、のちに妻を殺した容疑で刑事裁判では無罪になったけれど、民事では有罪と認定されたお騒がせ野郎で、当時、アメリカを代表するアスリートだったブルース・ジェナーは、ロバート・カーダシアンの死後、クリス・ジェナーと再婚したカイリーとケンドールの父親で、けれど近年、ケイトリン・ジェナーとして第二の人生を歩み始めた人である。リアリティ・テレビというジャンルがアメリカに登場するずっと前から、カーダシアン家のドラマはリアリティ・テレビ級だったのだ、とはっとした瞬間であった。

そう考えると、最近のアメリカは、すべてがリアルタイムで起きるリアリティ・テレビ化している。リアリティ・テレビのスターを大統領にしたわけだから当たり前か。

そういえば、リアリティ・テレビというジャンルが登場してきた頃、そのことをちょろちょろ書いていた覚えがあるけれど、当時は、多くの人たちが「バカバカしい」と軽蔑していた。もちろんバカバカしいものもわんさかあるのだが、今となっては、ひとつに括って「バカバカしい」と退けることができないジャンルに成長している。そもそも起源はどこにあるのだ、と思ってみたら、意外な歴史を知ることになった。

備忘録:リアリティ・テレビの意外な起源(The Washington Post)

 

Yumiko Sakuma