Da 296:「アメリカの父」の凋落と#metoo

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サインが必要なUPSの配達物を待って、終日、家をあけないようにしていたのに、ブザーをならさずに不在票だけ置きやがった。こうなると、クイーンズの倉庫まで取りに行かないといけなくて、くそ忙しいのに、一瞬、発狂しそうになったけれど、深呼吸したら怒りが去っていった。これも「サーノ博士のヒーリング・バックペイン: 腰痛・肩こりの原因と治療 」の効能である。怒りは自分によくない。

夕方、立て続けにニュースのアラートが入った。ビル・コスビーが有罪判決を受けた、というものと、ビル・コスビーが検察官に怒鳴った、というもの。そして58人にのぼる被害者の女性たちのことを考えた。58人。この数字、ちょっと考えてみてください。小学校のときの40人くらいのクラスを想像してみた。その1.5倍の数の女性たちが、ビル・コスビーに性的暴行を受けたと名乗り出たのである(被害者の人数については60人を超えるという説もある)。

これはとても大きな事件である。私はアメリカで育っていないから、いまひとつ実感がわかないのであるが、ビル・コスビーが主演で1984年に始まった「ザ・コスビー・ショー」は、白人と黒人の関係に大いに役に立ったということになっている。ミドルクラスの黒人家庭ハクスタブル一家は、黒人だけでなく、白人にとっても憧れの家庭像を描き、当時の理想の「アメリカン・ファミリー」だとされた。そしてコスビーは、「アメリカの父」と言われるようになったわけです。

そんなコスビーが、たくさんの若い女性たちのメンター的な役割を務めるうちに、女性たちに薬を飲ませて、意識を失っている間に性的暴行に及んでいた。こうしたストーリーが表に出たのは、2006年のことだ。被害にあったアンドレア・コンスタンドという女性が、自分に起きたことを警察に訴えたけれど、起訴されなかったことを受けて、民事でコスビーを訴えた。コスビーは、裁判の証言の中で、女性に薬を飲ませたことを認めた。この証言は、のちに公表されて、私もそれを読んだのだが、そういうことをしたことに対する罪悪感の欠如にぞっとした。そこから「私も同じことをされた」と続々と女性たちが名乗り出てきて、ついに刑事告訴に至った、という経緯である。

アメリカに夢を与えた役者が、実はおそろしいモンスターだった。アンドレア・コンスタンドが警察に告発してから、もう10年以上が経っている。しかも、裁判の過程でわかったことには、こういうことを60年代から繰り返していた。被害者の女性たちのなかには、当時20代で、もう50年も、自分が受けたトラウマと一緒に生きてきた人がいる。そしてここまでくるまでの間に、彼女たちは「アメリカの父」を攻撃したとして、たくさんの攻撃を受け、きっと今も受け続けているのだろう。そういえば、「ピンヒールははかない」でレイプされて、それを公表した経験をオープンに語ってくれたミュージシャンのラーキン・グリムも、「ビル・コスビーの被害者たちがどういう扱いを見て、覚悟は決めていたつもり。蓋をあけてみると、想像以上に酷かったけれど」と話していたなあ。

ビル・コスビーは来月81歳になる。3件の罪状を加えると、最大30年の禁固刑、ということになっているけれど、きっと高齢であることが考慮されて、もう少し短くなるかもしれない。とりあえずジャスティスはなされた気がする。

備忘録:ビル・コスビーは「アメリカの父」からしぶしぶ#metoo 創立の父になった(USA Today)

Yumiko Sakuma