Day 240:反ジャッジ主義とシスターフッド

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最近、友達の女子と、その場にいない、しかも会ったことのない人の人生の選択の話題になったときに、「私だったら〜〜するけど」と彼女が言うので、「それはジャッジというものだよ」とツッコミを入れた。人にはそれぞれ自分の現実があるし、他人にはわからないこともある。みんな自分にとっていいやり方を模索しているのだ。私だったら、、、なんて傲慢なことだと思う。もちろん自分だって人をジャッジしてしまうことがある。でもその瞬間、自分のことがすごく醜く思えて気分が悪い。だから反ジャッジ主義を広めたい。

他人をジャッジしてしまうことはみんなある。でも、そろそろ、女性同士でジャッジしあうのはやめてもいいのではと思う。ジャッジの根底には、優越主義とインセキュリティが背中合わせに存在している。こういうことは長い間の刷り込みによって存在してきたことで、簡単には捨てられない。女性の多くが、男性社会のなかで、「女性同士は争うものだ」と思い込んできたのだと思う。きっと自分も若いときはそういうところがあった。そういえば、何年か前にアエラでアナ・ハサウェイをインタビューしたときに、「What if we aren't expected of cat fights any more?」(女性同士の争いがもう期待されていないとしたら?)と疑問を呈していた。少し前に、VOGUEで対談させてもらったLiLyちゃんも「女が女の敵であるはずがない」という持論を展開していた。そして今、理不尽なことに立ち向かうことが奨励される(ということに一応はなっている)時代がやってきて、sisterhoodという考え方が少しずつ浸透しつつある。Sisterhoodというのは束になって戦うことだけじゃない。お互いをジャッジしないことも必要なのだとつくづく思う。古いやり方を捨てるのは簡単なことではないけれど。

備忘録:フェミニズムムーブメントを内側から破壊する女性同士の競争(The California Aggie)

 

Yumiko Sakuma