Day 217:ファッション・ウィークとファッションの未来

ファッション・ウィークが始まっている。最近は、仕事で具体的な取材があるか、友達のショーだけ、行ける範囲で行くくらいの感じで参加しているのだけれど、この日はAbasi Roseboroughの初ランウェイとN.Hoolywoodを見に出かけた。どちらも写真では伝えられない現場の迫力が音や空気にあらわれていて、わざわざ来てよかったと思った。そしてどちらも席からはきれいな写真を撮りづらいライティングで、だからさっさと諦めてショーを見ることに集中した。こういう演出はきっとわざとなのだろう、と。

Abasi Roseboroughのショーの途中で、あれ、自分の目がおかしいのかなと思う瞬間があった。何色なのかわからないのだ。隣の男子二人に「今の赤?」と聞くと、「オレンジだよ」と返ってきた。夜、Abasi Roseboroughのアブドゥルとグレッグと会ったときに、オレンジだと思った男子が「僕の大好きなオレンジ!」と言った。するとアブドゥルがちょっとにやりとして「赤だよ」と言った。「Chromostereopsis(色立体視)の原理を使って、視覚を操作したんだ。(色立体視についてはここに説明されていた)コレクションをレビューする人たちはどうせネットの写真で見るんだから、現場にこないと体験できないショーにしたくて、わざわざああいうライティングにしたんだ」という。(ちなみにアブドゥルの弟トシンは、テクニカル界ではちょっと知られたギタリストで、彼とケレラのパフォーマンスも素敵だった)。

ちょうど今日、Continuous Leanから届いたニュースレターの記事リストに「衣類の死」という刺激的なタイトルのついたブルームバーグの記事が入っていた。メンズファッション・ウィークのさなかに、である。アメリカ人が衣類に使う金額がどんどん減っていること、アパレル業界がそれいついて対策を打ち出せていないことなどが書かれている。気がついていたこととはいえ、まとめて見せられると衝撃的ではある。アパレルに関する関心が下がっていることにどう対応すればいいのだろうか。個人的には、答えはよりキレキレなもの、この環境破壊の時代に、わざわざ作る意味のあるものを作る、ということにしかないと思っている。そして、今ファッション・ウィークに行ってみると明確にわかる。元気にものを買っているのはアメリカ人でも、日本人でもない、アジアの新興諸国なのだ。賢い人たちはとっくの昔に気がついているだろう。

備忘録:衣類の死(Bloomberg)

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Yumiko Sakuma