Day 183:ヴィンテージを着る理由

10年ほど香港に暮らしていて長らく会えていなかったイェール時代の友人夫妻や、帰省先から戻ってきた親友カップルと会えて、普段の東京滞在とは少し違う時間の流れを満喫した。

そのなかでヴィンテージの服を着る理由が話題になった。最近のヴィンテージ熱について、しばらく前に仕事で会った人に「なぜ今、人は懐古主義に走っているのでしょうか?」と質問された。そのときは、懐古主義とかじゃないんだよなあ、と思い、「近年のヴィンテージ熱」について解説した。けれど、自分がヴィンテージを好きなのは、いろんな欲望の現れだ。若い頃、ハマったのは、ヴィンテージ好きの男の子たちに感化され、彼らに感心されたくて夢中になった、という単純かつアホものだったと思うけれど、古くなったり、汚れたものは捨てなさい、という物質的に豊かな時代ならではの考え方への反発、そして、そのシーズン、店に行けば買えるものとは違うものを着たいという天邪鬼な気持ち、今はされなくなってしまった方法で作られたモノへの愛着、そしていろんな物質的犠牲のもとに成り立っている「服を着る」という行為をもうちょっと長期的な方法でやりたい、という欲望など、ヴィンテージはいろんな気持ちを満たしてくれるのだ。そんな話をしていたら、親友が「ヴィンテージは瓦版なんだよね」と言った。もう失われてしまった時代の文化を反映して作られたものを着られる、ということなのですね。私が持っているもので一番古いのは19世紀のラグとか、1930年代の米軍のポンチョとかである。自分が生まれるよずっと前に作られたものには、自分よりも長生きしてほしいから、一番真剣にケアしている。

ところで、ヴィンテージの時計、ワイン、高級ブランドのバッグ、バンドTシャツ、など、高値がつくヴィンテージの世界には、必ずといっていいほど偽物が登場する。騙されないようにしなくっちゃね。そういえば最近、ウィスキーで騙された人がいましたね。

備忘録:世界で最高値のウィスキー、フェイクだった(New York Post)

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Yumiko Sakuma