Day 68:古いものとモノからの解放

IMG_0438.JPG

ひとつのプロジェクトが終了した翌日の日曜日、5時に起きて、マサチューセッツのブリムフィールドで行われるアンティーク・ショーに出かけてきた。ヴィンテージ業界に友人が多く、自分もヴィンテージ好きなので、長年行きたい、行きたいと思っていたが、毎年、年に3回行われるショーのタイミングをミスり続け、最終日でもいいから行ってみたいと思ったのだ。

新居のための鏡を見ていたゆかりちゃんに、なおちゃんが「ヴィンテージの鏡はちょっと怖いようなあ」と言っていた。鏡にかぎらず、誰か知らない人が使ったものを気持ち悪いと思う人は、私のまわりにも一定数存在する。が、一方で、ヴィンテージの世界は、相変わらず、マニアたちの熱気で盛り上がっている。

所有欲とか物欲から解放されたいという気持ちがある一方で、ヴィンテージに対しては一貫して強い欲望を感じてしまう自分がいる。自分が住む場所だって、たまに不合理なことが起きても、古い建物のほうがいい。古いものが好きな理由をときどき考えてみるのだが、今ではもうされなくなってしまったモノの作り方に魅力を感じるし、他に同じものを持っている人が少ない、という状況に、自己満足を感じたりする。そして、この物体が人間の命よりも長く生きる、ということにロマンを感じてしまうのだと思う。だから図書館におさめられている自分の本が、自分より長生きすることを想像して、少し誇らしい気持ちになったりする。

そんなわけで、自分はまだまだ所有欲はあるけれど、電気をほとんど使わない生活を実現するための試みを「寂しい生活」にまとめて最近、発表された稲垣えみ子さんと、対談させていただく機会を得て、ちょうどその記事が配信された。面識がないにもかかわらず東京の編集部とニューヨークをスカイプでつないで、という状況だったので、画面を挟んだ状況でケミストリーが生まれるかと心配だったけれど、杞憂に終わり、そのときの盛り上がりから、10月4日に東京でトークイベントをやらせていただくことになった。タイトルに「もたない」という言葉が使われている。「私は持っちゃってるんで」とも思ったのですが、もともと持ってないのも、手放したものもけっこうあるので、大目に見てください。

備忘録:クラシックカーとファインアートの価値が下落、写真が上昇

Yumiko Sakuma