Day 92:稲垣えみ子さんと

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稲垣えみ子さんとトーク。まだ朝日新聞社にいらっしゃった頃から、いつかお会いしたいと思っていた稲垣さんですが、ビジネス・インサイダーの浜田敬子編集長のはからいでご紹介いただき、あれよあれよとスカイプで対談が実現したかと思ったら、トークまでできてしまったのでありました。スカイプで声も聞いたし、お顔も散々拝見したけれど、リアルに会うとやっぱり違う。楽しかった。

トーク前の打ち合わせで、テーマは「不安」にしようということになった。将来の不安、老後の不安、仕事の不安ーーーみんな不安は抱えている。もともと人にびっくりされるほど楽観的な自分でも、以前はもう少し不安を抱えていたとおもうけれど、3年前に大怪我をしたことで、逆に不安から解放されてしまった。不安に感じたところで、何かが解決するわけではないし、むしろ「不安」を抱えていると、やりたいことを我慢してしまったり、前に進めなかったりするから、かえってマイナスなのである。

とはいえ、生活が楽しくなかったら、もっと不安に思ってしまうのかもしれない。近所に住む友達がいて、なんとなくゆるやかな互助システムができあがっているから、年をとってもきっとこういう感じでやっていけるのではないかと楽観している。稲垣さんも、ご自分のコミュニティでそういう暮らしをしている。普段から、コミュニティ活動をしているかどうかは大切なカギだ。暮らす地域や趣味が同じ人たちと、お金以外のものを交換する。労働とか善意とか。

昨日稲垣さんから伺っていいなと思ったのは、音楽雑誌の連載で、決して高いといえないギャラのかわりに、ピアノの先生を紹介してもらい、ギャラを月謝にまわすということを思いついて、ピアノを習っているという。私も、若いブランドなんかに何か頼まれると、お金のかわりに「クレジット」をもらったりする。こういう話をするのがとても楽しかった。

打ち上げのときに、再び、「不安」の話になった。死んだときにすぐ見つけてもらえなくて、腐乱死体で発見されたらどうしよう?とかね。どうしようも何も、死んでしまったらどうにもできないし、きっと心配する必要はないと思うのだがまったくわからなくもない。そう考えると人の不安はだいたい「死」とつながっているような気がする。そんなことをぼんやり考えていたら、稲垣さんが膝を打ちたくなるようなことをおっしゃった。「不安だ、不安だ、っていう人が、自分のまわりの人を助けたりしているようには思えない」。確かに、老後が不安なのであれば、今から、自分のコミュニティに暮らすおじいちゃん、おばあちゃんを助けたり、地域活動に参加したり、「徳を積む」というと迷信くさく聞こえるけれど、今からそういう活動をやっていくべきなのだと思う。

そういえば、先日、ポートランドから東京に撮影できていたチェルシーが、シニア・ホームと幼稚園を合体させた場所がある話していたなあ。

備忘録:老人ホーム内のプリスクール

Yumiko Sakuma