Day 365:セカンドレイプについて(そして1年間ありがとう)
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時差ボケ全開でバタバタと打ち合わせをし、夜、Pizza Sliceの新店舗のオープニングに行った。移動の最中に、ここ数日、少しずつ聞いていたポッドキャストを聞き終えた。「ピンヒールははかない」でも取材したコロンビア大学のレイプ被害者エマ・サルコウィッツが、レイプ問題の最中に「お前は嘘つきだ」とメールしてきたベンジャミンという男性と対話をするという企画を、「Conversation with people who hate me」というポッドキャストでやっていたのである。

ちょうど、自民党の杉田水脈という議員が、伊藤詩織さんのことを非難したことについて読んで怒りに打ち震えていたさなかである。レイプはただでさえ立件が難しい。不起訴処分になったからといってレイプがなかったことにはならない。犯人が首相に近い人で、今回のような不透明な経緯で不起訴処分になったならなおさらである。杉田議員や、それに乗っかって伊藤さんを非難している人たちがやっていることはセカンドレイプというやつである。

エマは、メディアで読んだ経緯だけで彼女のことを嘘つきだと決めつけ、わざわざメールで「You are a liar」と言ってきた人と対話をした。きっと怖いことだったに違いない。エマの勇気に涙が出た。意見の違う人ともわかりあいたい、わかりあう努力をしたいと思うけれど、わかりあえない、と思って諦めてしまうことのほうが多い。エマに大切なことを教えられた気がした。

というわけで、この日記が365日めになりました。始めた当初は朝起きるたびに「今日も締め切りか」とため息をついていたが、いつしか書くことがとても楽しくなった。そしてこれを続け、日々の人との会話を別の形で共有するために、SAKUMAG.COMを立ち上げることにした。これからはそちらのほうでよろしくお願いします。これまでの日記は、本になる関係で、7月いっぱいで非公開になりますのでご容赦ください。これまで読んでくださった方々ありがとう。読んでくださる方たちがいたから、1年間がんばれました。

美貌楼:セカンドレイプとは何か、そして何ができるか(Splinter)

Yumiko Sakuma
Day 364:大人の遠足とオンラインの学び
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東京に戻っただけで終わってしまった日。ベルリンの旅のことを反芻した。今回の旅は、そもそもGDPR(EU一般データ保護規則)が施行されたこともあって、そろそろベルリンに行こうとカイエくんが言い始めたことがきっかけで、行こう行こうとみんなであいのりした結果のグループ旅行になった。行く先々で「どういうグループ?」と聞かれるたびに、「友達というか、仕事仲間というか」などと答えていたのですが、「大人の就学旅行?」「いや大人の遠足だな」などと答えていた。それぞれが適当な場所に泊まり、みんなが興味があることは一緒にやったり、それぞれが好きなものを見に行って報告しあったり、楽なタイプの緩めの団体行動がちょうど良かった。

旅の目的は学ぶこと、そしてインスピレーションを得ること。大人になると、どうしても「学び」が遠くなる。だから旅に出るのだな、と改めて再確認。時間も、お金も遣うわけだから、決してコストパフォーマンスは良いとはいえないけれど、やっぱり私のような怠惰な人間には、それくらいしないと日常から切り離せないというところもあるし、肌で感じることの重要性はあるのだと思う。

そういえばオンラインの教育リソースは近年ずいぶん増えて、各分野のビッグネームがいろいろなことを教えてくれるMasterClassのようなプラットフォームが話題になったり、学位が取れるようになっていたり、そういう意味ではインターネットはどんなことも学べる場所にはなっているが、結局のところ、使う人次第というところが限界なのかもしれない。

備忘録:オンラインの選択肢が成人のアクセスを増やしているが結果は停滞(Inside Higher Ed)

MasterClassは誰のためか。受講者に聞く(Verge)

Yumiko Sakuma
Day 363:ベジライフと日系航空会社
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あっという間に大好きになったベルリンを後に、ヒースロー経由で東京へ。いつも日系のエアラインに乗る時はベジライフが厳しいので(24時間前にお知らせするのを忘れるから)、機内食は食べないつもりで搭乗前に何か買えばよいかと思っていたら、乗り継ぎが予想以上にバタつき、ベジ食を買えなかった。肉を食べないもので、とCAさんに言ったら、とても親切に工夫して、なんとか食べるものを用意してくれた。が、肉を食べないんです、と言ったときの「アレルギーか何かですか」ときょとんとした感じに逆に驚いた。

思えば肉を食べるのをやめて約1年。当初、数ヶ月続いたヴィーガン生活は、日本に帰ってきたときにあまりに面倒くさくなってやめてしまった。だんだん慣れてきてできるようになってきたけれど、日本は、よっぽど覚悟がないとベジタリアンでも難しい。メニューに書いていないのに高菜チャーハンにひき肉が入ってきたりするんですもの。そういえば、友達が、お客さんのほとんどが外国人という国際的な映画祭に出席しての立席パーティで、ベジタリアンの人たちが食べるものが白いご飯くらいしかなかった、という話をしてくれた。肉を食べない人たちがいる、ということが発想としてまったくない場所があるのです。が、これだけ観光客が増えているし、オリンピックもあるわけですから、もうちょっと考えてほしい。そして逆にビジネスチャンスでもあると思う。飲食のみなさん、どうかよろしくお願いします。

備忘録:ヴィーガンと植物性ダイエットが一時的な流行でない理由(Food Revolution Network)

Yumiko Sakuma
Day 362:ベルリンの不法占拠と当事者意識
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 ベルリン4日目。タクシーの乗ったら運転手のにいちゃんが「デモで道が混んでる」という。「ベルリンの人はみんな日常的に何かに対して抗議してるんだよ、ほら、あそこにネオナチが」。彼の言う方向を見るとバナーを掲げた男5人に警官が3人。平和だ。

今日はかつてスクワッター(不法占拠する人たち)が住んでいたけれど、今はコミュニティのために使われている、という場所をいくつか案内してもらった。スクワット・ムーブメントといえば、ニューヨークとベルリンである。違いは、ニューヨークではこういう歴史が消しゴムで消されたみたいに消えてしまっていることだ。ベルリンではずいぶん減ったとはいえ、まだ起きている。ジェントリフィケーションへの抗議運動として、アクティビストたちが不法占拠 に出て、警察と衝突した、という事件はそんなに昔の話ではない。

自分のものでない場所に居座るなんてと眉をひそめる人もいるだろう。 が、彼らが抗議しているのは、家賃の高騰で自分たちの街が住みづらくなっていくことだ。そして彼らの運動が、貧しい住民の保護や権利拡大につながって行くし、行政や企業との交渉によって文化的スペースの確保にもつながっている。そこには揺るぎない当事者意識がある。ニューヨークに長年住んでいて、20年もジェントリフィケーションを経験していると、いつしか諦めを覚えるし、しょうがないと思ってしまう。ベルリンの精神に大切なことを教わった。

備忘録:ベルリンのスクワット住宅の不透明な未来(CityLab) 

Yumiko Sakuma
Day 361:ベルリンは住みたい街か
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ベルリン3日目。知らない街を知りたいときはチャリに乗ってみるに限る。レンタルしたチャリでうろうろしながら街を観察する。ときどき石畳が登場するにしても、坂はほとんどないし、車も自転車に優しくて走りやすい。道に変なものが落ちていたりしないからニューヨークでチャリに乗っているときと気持ちが違う。チャリに乗りやすいか、というのは、都市を評価する上でひとつの軸である。なぜなら自転車に対する都市の態度は、その他のいろんなことを集約しているから。

10年ほど前くらいから、ニューヨークからベルリンに引っ越す友達が増えた。行こう行こうと思いながらなかなかこれなかったのは自分の旅のスタイルが目的ありきの実質主義であることもあるし、先進国より僻地が好きだということもあった。単に縁がなかったこともある。ついに縁ができて居心地の良さは想像以上だった。アメリカのフラットさに慣れきっている自分が、ヨーロッパの他の都市で「住める」と思ったのは初めてである。野菜はおいしいし、どこに行ってもベジタリアン/ヴィーガンの選択肢がある。環境意識も政治意識も高くて、健全な議論ができる。資源を無駄にすることが悪とされ、それを防ぐためのインフラが整っている。アートへのアクセスは質的にも量的にもかなり良い(お金はかかる)。英語は通じるし、健全な議論ができる。ベルリンがこの時代までボヘミアン性を保ってこれたのは、経済の中心ではないことや、好景気を経験していないことが功を奏している。そういう意味ではブルックリンと似ているところがある。高級化(ジェントリフィケーション)の波にさらされているところも。双方、いつまでそれが続くかは疑問だけれど。またこよう。

備忘録:ベルリンはかつて自認したようなアーティストのユートピアであり続けているか(Dazed)

Yumiko Sakuma
Day 360:歴史教育
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 ベルリン2日目はアートの日。ギャラリーやアートコレクションを訪ねたり、街を歩きながら、重い過去を遺そうという努力がポジティブな結果とクリエイティビティにつながっているのを感じる。日本人である限り、ドイツと我が国を比べてしまうのは必須だけれど、自虐的にならずに胸を張って過ちを認め、それを教訓として世界に示そうという姿勢に感嘆を覚える。もちろん現実には差別も極端思想もあるだろうけど、集合体としてこの姿勢がなければ、ここまで目に入って来ないだろう。どうして日本ではこうすることができないのだろう。日本でできない理由はいくらでも思いつくけれど、ベルリンがこうなった原動力やモチベーションや議論の経緯を理解したい。勉強しよう。

備忘録: ナチスの戦争犯罪、入国した難民との対話 校外で学ぶ(毎日新聞)

Yumiko Sakuma
Day 359:The Cartersと不貞と神様
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ベルリンに来た。Neues Museumに行き、ギャラリーをまわり、たまたまルーブル美術館で撮影したビデオ<Apeshit>を発表して世界を驚かせたビヨンセとJay-Zのライブがあるというので、みんなでいそいそと出かけた。Neues MuseumではGold Hatを見て、Spruth MagersでKara Walkerの展示を見て、The Cartersを見た。なんかの符号か。

ビヨンセとJay-Zのライブは、Jay-Zの不貞と、その後の一連のドラマをふまえて、すべてのパフォーマンスにしちゃうという、公開懺悔+結婚リニューアル・セレモニー(再宣誓式。長く一緒にいるカップルが愛を再確認するためにやったりするやつ)、つまり、壮大なおとしまえというやつであった。こうやって文章に書くとおそろしくチージーなものに聞こえるが、世界を代表するパフォーマーがやるとかっこよくて、2時間10分があっという間に経ってしまった。

そもそも、不貞がばれて危機があり、カップルセラピーに通って乗り越えたことをオープンにして、「Everything is love」で着地させたうえに、それを引っさげて世界をまわってしまうというこのやり方自体が前代未聞で、いろいろ考えてしまったよ。途中、一緒にいた友が「日本は浮気に対してここまでの罪悪感はないよねえ」と言うので、「それは神様がいるかいないかの違いではないか」と、常日頃思っていたことを口にした。アメリカでも、日本でも浮気をする人はかなりの一定数いると思うのだが、それがバレたときの反応が違うような気がしてきたのです。不倫や不貞が叩かれるようになったのも、わりと最近のことで、そもそも日本人は快楽に寛容だと思ってきたのだが、そこには神様がいるかいないかの違いがあるなと。

ちなみにカーター家のふたり(特にビヨンセ)の作るものにも、神様リファレンス多いですよね。が、不貞にまつわる罪悪感の度合いには、宗教観が作用してくると思う一方で、なぜ浮気をするか、という問題は、やはりユニバーサルなものな気がする。

備忘録:人はなぜ浮気するか セックスと無関係の9つの理由(Bustle)

Yumiko Sakuma
Day 358:ユースへ
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早朝ベルリンに到着し、友達と合流してダッサウのバウハウスを目指した。恥ずかしながら初バウハウス。元学生寮の宿に泊まり、川辺でビールを飲みながら、若者たちが川で戯れる姿を見てみんなでキュンキュンした。

 ユースはアートやファッションにおける、永遠のテーマのひとつで、それは、一度大人になってしまうと二度と戻ることができないからだ。でもユースをやっている間は、あの期間はどれだけ短くて、貴重なものかは自覚も薄いし、大人たちもあまり教えてくれない。腐ってる場合ではなかった!と思ったときには時すでに遅しである。

 最近、アメリカの若者たちの政治や社会をエンゲイジしていくパワーに関心している。2020年の中間選挙が楽しみなわけですが、昨日の民主党の予備選ではニューヨークで28歳の女性アクティビストが下院の次期院内総務候補の呼び声が高かったジョー・クローリーを打ち負かしてエスタブリッシュメントを震撼させている。いいぞいいぞ、どんどんやって。

備忘録:左派の社会主義スーパースターがトランプから学んだこと(Vanity Fair)

Yumiko Sakuma
Day 357:キャットコールはなぜだめなのか
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夜の便でベルリンに向けて出発する日、税理士事務所に行ったり、持つべきものを揃えたり、結局最後はいつものようにドキドキ・ハラハラな展開。ギリギリにバタバタしないよう事前から入念に準備できる人間に、いつになったらなれるのだろうか。

最近、久しぶりにキャットコールというやつにあった。路上とかでかけられる冷やかしのことだ。ニューヨークに来たばかりの頃はよくかけられて、腹を立てたり、怖い思いをしたもんだけれど、自分が年をとったこともあるし、「キャットコールは女性に失礼」という認識が広がったこともあるだろう。最近、ヒップになりつつあるエリアで、ある道を曲がった瞬間に、しまった、曲がりどころを間違えた、と思った。ホーミーたちが道の両側を占領していて、その間を通らなければいけない。視線を感じながら、歩いていると、キャットコールが飛んできた。あまり品のよくないやつだ。むっとして、怒ってやろうと振り向いたら、車椅子のおじいちゃんが満面の笑みを浮かべてこっちを見ているではないですか。なんか、脱力して笑ってしまった。あっちは褒めてる気満々なんだから、怒るだけ無駄である。おじいちゃんになっても、車椅子に乗っても、道行く知らない女性にキャットコールしちゃうバイタリティに脱帽した。

こういうイノセントなケースは稀な例外で、キャットコールはNGという認識は国際的に広まりつつあると思う。上司に不倫を迫られた人に「モテるんだからいいじゃん」というようなことを思ってしまうタイプの人のためには、「なぜだめか」を解説した記事を読んでほしい。痴漢にしても、キャットコールにしても、こちらの意思がカウントされていないところが問題なのである。こういう教育はアメリカが中心だと思いきや、フランスでも、路上のキャットコーリングをハラスメントとして、罰金の対象にすることを検討しているらしい。

備忘録:フランス、路上のキャットコーリングに最大885ドルの罰金を検討(Business Insider)

Yumiko Sakuma
Day 356:本屋の本
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Macの電池が怪しい動きをしはじめたので、旅に行く前に直したいと、アップルストアに行ったけれど解決せず。行きと帰りの電車のなかで内沼晋太郎さんの「これからの本屋読本」を読んだ。

内沼くんとは彼の前著「本屋の逆襲」が「ヒップな生活革命」と同じアイディアインクだったことで出会って以来のお付き合いなのだが、今日356日めを迎えたこの日記は、内沼くんの出版レーベルから出してもらうことにんっています。そしてその企画が立ち上がったのも、内沼くんが本の流通を研究したうえで出版レーベルを始めるという話を聞きつけ、訪ねたからだった。内沼くんという人は、自分が得た知識を他人と共有することにものすごく気前のいい人である。時間をかけて調べたはずのことをいとも軽々と教えてくれる。そしてこの本には、その気前のよさがつまっている。でも、それができるのは、これを読んだところで、みんなが本屋をできるようになるわけではないことをわかっているからです。だって実現するには情熱、愛、忍耐、独自の視点といろんなことが必要だから。ちなみに日記の本は、この秋頃には出る予定です。

備忘録:本屋をオープンするのに必要なこと(The New York Times)

Yumiko Sakuma
Day 355:プライドの日に考える
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1ヶ月ニューヨークをあける前に、LAから帰ってきたれいかちゃんと野菜ときのこ類がわさっと入ったカレーを作った。ストレスレベルが高いときこそこういうことをするべきだと実感した夜。

ウェストビレッジのはずれのれいかちゃんの家を訪れる前、プライドのバイブを感じようとウロウロした。人混み恐怖症なので、外周あたりを。パレードとパーティのためにレインボウを取り入れたおしゃれをしてでてきた人たちの開放感あふれる顔や、見知らぬ同士がハグしあったりする姿を見ながら、プライドという日の歴史を思い返し(歴史を知りたい人にはこんな記事とか)、今、人種、セクシュアリティ、アイデンティティとありとあらゆる意味で自分にプライドを持つ必要を感じないといけない状況に生きている人たちがこれだけいる、という事実にはっとなった。そしてプライドの日は、なんせ、自分を解放していいのだと言ってくれるお祭りである。参加しているのはゲイだけじゃない。ひとつひとつの人生が違う、という事実を祝福する人なら、誰だって参加できるのだ。世紀のパーティとはこのことだ。

世紀のパーティにはある程度のストレスはつきもので、交通は麻痺し、ちょっとした小競り合い的なものも起きていた。途中、2台入りそうな駐車スペースを見つけ、そこに入ろうとしたら、もう一台の車の白人ヒップスター風運転手に思い切り中指を立てられ、ケンカする日じゃないだろと思ったので、「二台入れないんだったら譲るし、入るから」と冷静に諭してみたら、「怒ってごめん」と素直に謝られて少しほっこりした。

帰り道、突然思い立って、深夜のドライブに出た。FDR(高速)から、ランドマークのビルがレインボウ・カラーにライトアップされているのを見たくて。そしてあえてわざわざ思い切りセンチな音楽を聞いて、涙した。いい夜だった。

備忘録:ニューヨークのゲイ・プライド・パレード、50週年記念に向けて新たな目的意識(The Guardian)

Yumiko Sakuma
Day 354:客を拒否する権利
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反射神経的に山に行こうとしたのだが、午前中、仕事場でいろんなことを整理していたら、逃避している場合でないことが明らかになり、諦めて向き合うことにした。最近借りた職場が意外と静かで鳥の声が聞こえたりするので、前よりストレス度が下がった気がする。が、腰を落ち着けていろいろ眺めてみると、事務所のいろんなことがすっかり放置されていて、半年、飛び回っていれば当たり前かと反省した。

日付が変わるくらいの時間までついうっかりがんばってしまったので、最後に一杯だけ呑みに行った。話題になったのは、サラ・ハッカビー・サンダース(元大統領候補マイク・ハッカビーの娘でホワイトハウスの広報官)がバージニアのレストランを訪れ、サービスを拒否された、という事件である。つい最近も、クリステン・ニールセン国土安全保障長官がメキシカン・レストランで断られたという事件があったし、セス・ローガンがポール・ライアン下院議長と写真を撮るのを拒否したことも話題になっていた。

この背景には、コロラドでウェディング・ケーキを注文しようとして断られたゲイのカップルがケーキ屋に対して起こした訴訟が最高裁までいき、宗教上の理由で客を選ぶ権利を認められたことがある。差別はだめだけれど、モラル上の衝突があるならしょうがない、となると、レストランが政府高官を拒否することももちろんできるわけです。となると、あっちのレストランは共和党、こっちの店は民主党、というような事態が予想されて、それはそれで問題では、とつぶやいてみたら、アメリカ人リベラル男子に「いいことです」ときっぱり言われた。人口の数や所得で言ったら「こっち」のほうが多いのだから、こうやってメッセージが伝わればいいのだと。よく考えたら、マイノリティがサービスを拒否される歴史があるし、今でもたまに起きるのだ。ちなみにくだんのレストランのオーナーは、スタッフに意見を求めて、ゲイの何人かを含むスタッフが、拒否したいと言ったようです。サービス拒否という新しい抵抗のかたち。

備忘録:Red Henのオーナー、ハッカビー・サンダースを拒否した理由を説明(The Washington Post)

店は警官を拒否できるのか(Vice)

告知:ニューヨークのCurbedに女の一人暮らしについて取材されました

Yumiko Sakuma
Day 353:「チルアウト」という言葉
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運動不足が気になっていたので、前夜10時間寝たのをいいことに今日の移動はチャリで。なんだか体がすっきりした。夜はElsewhereというハコで行われたGang Gang Dance のライブに行った。

メンバーの一人が「Chill Out」のTシャツを着ているのを見て、一緒にいたエディターのすぎえっちが「日本では着れないなあ」とひとこと。は、確かにね。言葉やフレーズというものが、別の場所に届き、現地の文化と融合してなにか違うものになる、という現象のいい例であるね。

そもそも、chillという言葉は冷たいという意で、そこからクールダウン、リラックスするという意のchill outという言葉が生まれた。日本では、The KLFのChill Outに代表される音楽ジャンルとしてのほうが浸透しているかもしれない。90年代にはADHDの治療薬がchill pillと呼ばれるようになり、そこから「Take a chill pill(落ち着いて)」というスラングが流行したりもしたし、最近では「Netflix and chill?」というフレーズが一般用語化したりした。リラックスする、という意で使われることも多いけれど、「落ち着く」という意もあるので、口論のときなどに「chill out」と言ったりもする。

「Chill Out」とロゴの入ったTシャツが売れるのは、今アメリカで起きていることが激しすぎて、毎日、国のいろんなところで繰り広げられる大喧嘩に、みんなchill outして!!!と叫びたくなる今日この頃だから、そしてこんな世の中だからチルアウトの必要性が高まっている。少なくとも自分は、あのロゴを見るたびに、チル、まじで、と思う。しかし、チルアウトのOG、The Orbのインタビューを読んでいたら、今はチルしている場合でないのかも、という気持ちになってきたのである。

備忘録:The Orb、政治とダンス・ミュージックを混ぜること、マリファナ合法化、アンビエント・ミュージックの普遍性(Magnetic Magazine)

 

Yumiko Sakuma
Day 352:ポートランドの抗議運動
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ニューヨークに戻ってきてそのまま取材に突入し、いくつか用事を済ませて帰宅し、ちょっと仮眠をとって仕事を片付け、遊びに行くつもりが10時間寝てしまった。気が付かないうちに疲れていたのかも。途中、何度か「起きなきゃ」と思った遠い記憶があるけれど、起きられなかった。体がギブアップして教えてくれたのだ、と思うことにする。迷惑をかけた人ごめんなさい。

このところ、大騒ぎになっている移民の家族引き離し政策問題は、トランプ大統領が大統領行政令を発して、引き離さないことになったけれど、「これで終わると思うなよ」という空気が流れている。抵抗運動が盛り上がったついでに不法移民を引っ張る移民税関捜査局(ICE)の運営を停止させることを目標としているらしい。実際、ポートランドで起きた運動#OccupyIcePDXはICEの出張所のオペレーションを一時的とはいえ、中止させることに成功した。ポートランドは普段はのんびりしたところであるけれど、リベラリズムがものすごく進んでいるので、こういうときには雰囲気が変わる。取材に行けないのが残念。

備忘録:ICE出張所を一時閉鎖に追い込んだ抗議運動はまだ始まったばかり(Vice)

Yumiko Sakuma
Day 351:民間企業によるDNA検査
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デトロイト2日目。取材したい人、場所が多すぎて、朝から6箇所の取材をなんとかこなし、深夜の便で帰宅した。さすがにヘロヘロ。

しばらく前に唾液を提出して結果を待っていたDNA検査の結果が届いた。友達のあずみちゃんがやったらいろんなサプライズがあって、遠縁のいとこが見つかったりした、というので驚きを期待していたのだが、DNA面でも健康面でもすべて想定範囲内の結果が出て、安心するべきか、がっかりするべきか。民間企業のDNAが安価に提供されるようになって、じわじわと流行している。当然予想されることだけれど、長年の秘密が露呈されることもある。自分より半年前に生まれた腹違いの兄弟が見つかり、調べてみたら、父親と母でない女性の間にできた子供だとわかった、父親はもう亡くなっていて、母親はどうも知っていた様子なのだがあくまでも否定しているーーなんてエピソードも聞いた。

ところで、国境付近で引き離されていた親子の問題は、議会への電話攻撃やデモが功を奏して、ついに大統領が引き離し政策の停止を決めた。が、すでに引き離された子供たちをどうするのか、という問題は解決していない。DNA検査を提供する民間企業が無料のDNA検査を提供するのだという。

備忘録:23andMe、国境で引き離された家族にDNA検査を提供(Fortune)

 

 

Yumiko Sakuma
Day 350:ケネディ家と政治
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BRUTUSのお仕事でデトロイトに来ている。この5年ほど、何カ月かに一度は来ているが、怖い汚いのイメージが強かった街の変貌を毎度体感している。

訪れたフォード・ミュージアムで、ジョン・F・ケネディ元大統領が暗殺されたときに乗っていた車を見て心がざわざわした。しかもこの車は、ケネディ暗殺以降も、使われていたらしい。高いから。おそるべしアメリカ。

ケネディ家といえば、アメリカにロイヤルファミリーがあったとしたら彼らだろうというくらいの名家である。暗殺されたジョン、ロバート(ボビー)、そして2009年に亡くなったエドワード(テッド)の子供たちの世代が、今世の中に出て活躍している。

ところで、今、国境付近で捕まる不法移民たちが子供と引き離され、元ウォールマートの施設に収容されている事態が問題になって、またデモが起きているが、ボビーの孫にあたるジョー・ケネディ三世下院議員が最前線で頑張っている。

備忘録:JFKのリムジンがダラス(の暗殺)以降、13年間使われ続けた理由 (JALPONIK)

ジョー・ケネディ、トランプ政権の移民家族隔離 政策に抗議(Boston Globe)

Yumiko Sakuma
Day 349:流行語とゲイカルチャー
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1日だけ戻ってきたニューヨーク。午後は「ピンヒールははかない」の表紙のイラストを描いてくれたサトウアサミさんが遊びにきて、夜は仕事でやってきたShun Watanabeと、最近ニューヨークに住んでいるEichiと合流した。またすぐに出発とはいえ、友達の顔を見て癒やされた。

しゅんくんが「ネタあるよ〜」とニコニコしている。流行語はゲイカルチャーから始まる、というセオリーである。「アゲ〜、とかメジャーになるずっと前から言ってたよ」。確かに、ゲイの友達が使っていたスラングがだんだんメジャーになる、というのは、日本でもアメリカでもあることだ。ゲイカルチャーだけじゃない。スラングや流行語のほとんどはストリートやアンダーグラウンドで生まれたものなわけだから。

そしてしゅんくんはRuPaul's Drag Raceで知らない言葉を見つけると、即座に調べる、ということを習慣にしているという。そういえば、アシスタントの面接にきた若い子ちゃんが、きて数ヶ月で「英語の難しさを感じています」と言うのを聞いて、とにかく好きな映画やテレビを見て見て見まくることだよ、とアドバイスしたのを思い出した。こういうやり方で勉強できるのは言葉だけではない。カルチャーや習慣、世相まで学べてしまううえに、リソースは無制限にある。と思っていたらRuPaul's Drag Raceの用語集がいくつもあるということを発見した。だよね、需要あるよね。

備忘録:RuPaul、ストレート人口によるゲイ文化のパクリについて(Vulture)

Yumiko Sakuma
Day 348:父の日とイクメン事情
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USオープンも最終日、夜は、泊まっていたシャビーな街のパブに飲みに行った。商店街という程度の「ダウンタウン」を歩いてみると、ソーイングショップがあったり、レストランもジャマイカからメキシカンまで多国籍の匂いもしていい感じだ。父の日の夜はさすがに静かで、そんな時間に出歩いている人もあまりおらず、欲望のかたまりとなったおじさんやデリのにいちゃんにナンパされて苦笑い。

週末読んだ記事のなかで、ニューヨーク・タイムズによる職場における妊婦・母親差別の記事が心に刺さった。妊婦や母親の福祉のクオリティにおいては、アメリカは先進国のなかでもとても遅れているけれど、特に大企業の枠組みのなかでがんばっていて、こういうひどい扱いに合う女性は多いのだろうと思う。一方、スタートアップなどのプログレ企業はこういうことをがんばっているし、実際に企業幹部が育休をとる、というニュースを目にするようにんった。最近も、仕事のやりとりをしていた相手(男性)にメールをしたら、「育休中なのでメールの返事が遅れます」という返事がきたことがあった。ニュースになるくらいだから、当たり前のことになる日は遠いように見えるけれど、実際に育休を実施している男性が、それを表明する、そういうことの積み重ねが、世の中の理解を推し進めるのだと思いたい。

備忘録:妊娠差別、アメリカ最大の企業に蔓延(The New York Times)

職場が育休を支援することは全従業員に利益をもたらす(Harvard Business Review)

Yumiko Sakuma
Day 347:働き方の未来
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旅のコンテンツを作るためにロングアイランドにきた。しばらくぶりと言えばしばらくぶりである。海と山を選ぶとなると山を選んでしまう自分だが、その理由のひとつは、ロングアイランド方向は道が一本しかないので渋滞にはまる率が高いということなのだが、久々に来てみるとそれなりに楽しく、特にモントークはさらに新しい店や古いモーテルを改装したホテルができている。これを機に行きたいと思っていた場所を訪ねることができた。

それはそうと、働き方関係のコピーを書くために、働き方改革について考えている。リサーチしていたら2009年にTIME誌で出た「働き方の未来」的コンテンツを発見した。ネットを見ていると、最新のコンテンツばかり見てしまいがちだが、アーカイブも存在しているわけで、アーカイブを振り返るとそれはそれで時代の流れが見えてきて興味深い。TIME誌の2009年の記事の未来予測は大方間違っていなかった。とはいえ、こういう変化に対応できている会社とそうでない会社のギャップが激しい今日この頃である。

備忘録:仕事の未来(TIME)

Yumiko Sakuma
Day 346:セックス中毒は疾患か
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仕事でUSオープン(ゴルフ)にやってきた。場所はロングアイランドである。

思えば学生時代(1997年)にワシントンDCで行われた大会で、ボランティアをしたこともあったし、2000年代に入ってからは1年だけゴルフを一生懸命やってたこともある。あるときタイガー・ウッズをテレビで見ていて、自分に必要なのはこのフォーカスではないかと思ったのだ。が、1年がんばって、初めてのコンペで大たたきし、向いてないと自覚してあっさりやめた。

あれから10年近くが経った。その間、ゴルフのことはすっかり忘れていたが、今回、久しぶりにこういう場にきてみると、なんだかあの頃が懐かしい。ちょうど10年前にUSオープンで優勝し、あのあといろいろあったタイガーがまた復活を目指してがんばっているし、フィル・ミケルソンがまだ現役だったりして、時間が経ったような経っていないような不思議な気持ちである。

そういえば、と検索してみて、タイガーのスキャンダルをおさらいした。というか、おさらいするつもりもなかったのだが、2010年に書かれたVanity Fairの記事を読み始めたらはまってしまったのだ。この記事は、タイガーの誘惑に落ちた女性たちのインタビューで構成されていて、女性の側の話も書かれているが、思えばあの頃、タイガーの浮気相手となった女性たちの言い分はほとんどクローズアップされなかった気がする。#metoo以降の世界であれば、もう少し違ったトーンになるかもしれないな、と思ったりして。

ところで、あのとき、タイガー・ウッズはセックス中毒であるという説明もあって、そういえば#metooのきっかけになったハーヴェイ・ワインスタインも、スキャンダル勃発直後にタイガーも行ったというセックス中毒のトリートメント・センターに「入院」したようである。アリゾナにあるこの施設の価格は、45日間のトリートメントで5万8000ドル(約600万円)という。ひえー。ちなみにセックス中毒が正当な精神疾患であるかについては議論の余地もあるようです。個人的には、アルコール中毒やドラッグ中毒のように肉体的依存が入ってくるタイプの中毒とは別、ギャンブル中毒のような衝動を抑えれないタイプの中毒と同様に扱われるべきかなと思っている。

備忘録:セックス中毒は本当の疾患か(BBC News)

 

Yumiko Sakuma