Day 325:ワインスタインとYouToo
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山の楽しみのひとつは、近所のファームストアに行き、焼き立てのドーナッツを食べることである。ドーナッツをかじり、コーヒーを飲みながら、ニュースをチェックすると、ハーヴェイ・ワインスタインが自首する様子がライブで放映されている。半年ほど前までは、世界で一番パワフルな映画プロデューサーとして君臨していた人がついに逮捕された。すごいことである。

ワインスタインから暴行を受けたことを告白し、NYPDに勧められて刑事告訴した女性についての記事を読んでいたら、その下に、最近辞任したニューヨーク州のエリック・シュナイダーマン司法長官に暴行された女性たちについての記事がでてきた。シュナイダーマンの暴行疑惑については、片目でヘッドラインを見たまま、ちゃんと追っていなかったのだが、この記事を読んでぞぞぞっとなった。

シュナイダーマンという人は、リベラルの騎手だった。#metooの推進派でもあり、公には女性の権利を保護する正義の味方と思われてきたのである。その彼が、複数の付き合っていた女性に暴力を振るい、公表するなよと脅したりしていた。被害者たちは一様にしてリベラルのインテリである。それでも被害を自分のまわりの限られた人たちだけに打ち明け、公に告発することもなかった。(余談だが、この記事は、ニューヨーカーが彼女たちの談話の裏とりを、ひとつひとつ丁寧にしている様子も描かれている)。「正義の味方」の闇、マインドコントロールの恐ろしさや、政治的に正しい人たちの罪を看過する人間心理、とぞっとする点満載である。

#MeTooについては、公に語られず、ひそひそと囁かれていることも多い。今のところまだ名前はあがっていないけれど、セクハラ、パワハラで有名な人たちがいる。実際、ファッション業界に#metooが飛び火したとき、モデルたちに評判の悪いセクハラ・プロフェッショナル・リストがメッセで回ってきたことがあった。送ってきたのは、目撃したことはないけれど、モデルをペタペタと触ることで有名なフォトグラファーだった。友達との会話で、こういったことが話題になったこともある。「YouToo(おまえこそ)って言ってやりたいよね」と。いつか日記に書こうと思っていたことであるが、恐ろしく極端な形で具現化した。

こういうパワフルな男たちの偽善は「Power Paradox」として説明されているらしい。私たちは法の施行のトップにいる人たちが、社会のモラルを代表できる存在だと信じている。が、パワフルな人こそ、不道徳を働き、他者の不道徳を追求することで自分を許す、という症状だそうだ。おお怖い。ますます、市民の監視の必要性が高まるのです。

備忘録:エリック・シュナイダーマンのようなパワフルな男たちは偽善を示す、そしてこれは彼だけでは終わらない(USA Today)

 

Yumiko Sakuma
Day 324:ジェネレーションZ
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ニューヨークに戻った翌日、荷物を積んで山に借りているおうちに来た。ちょっと静かに過ごしたかったから。近所の男子と犬、モルモットも一緒に来た。相変わらず、このあたりには、トランプ支持のサインや国旗があふれている。いない間に起きたトルネードのおかげで、落ちた木の処理がまだ続いている。

会話は前の晩の続きで、こんな時代の子育ての話になる。そういえば、先日ディナーの席で隣になったフランス人男子もそんな話をしていたっけ。今の世界情勢や政治を子供にどう伝えるかも大きな課題だけど、今の子供たちにとって我々の時代と生きる現実が違いすぎる。大半の子供たちは、ペンを触ることも、車を運転することも、マリファナを隠れて吸うこともないだろう。日々、学習だよ、と。

1990年代中盤から2000年代中盤に生まれた子供たちのことを、ジェネレーションZという。ミレニアルに比べて、実質志向が強く、スマホとともに育ったけれど、実店舗での買い物を好む。そして消費者ブロックとして、もうすぐミレニアルを抜く。右派、左派、保守派、リベラルという既存の基軸で理解できない複雑な政治志向を持つ私たちの未来を担う世代である。そして、最近の調査によると、どの世代よりも孤独な世代だという。自分はインターネットもスマホもない時代に育った。今の時代を育つ子供たちの目に、世界はどう見えているのだろうか。

備忘録:かつてなく孤独になりつつあるアメリカ人ーなかでもジェネレーションZはもっとも孤独かもしれない(NBCNews)

 

Yumiko Sakuma
Day 323:アメリカの惨状
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LAの寒空をあとにニューヨークに戻った。もう何年か友達以上、恋人未満を続けている男子が食事に連れ出してくれた。やつは夏の終わりにヨーロッパに引っ越そうとしている。

「We are fucked」とプリプリしている。ヨーロッパ移住の理由は、息子があちらに住んでいるからなのだが、アメリカの惨状も理由のひとつだ。EPA(環境保護庁)が、サミットからジャーナリストを締め出し、女性ジャーナリストのひとりを力づくで会場から追い出した、ベッツィ・デボス教育長官が、学校は不法滞在の子供たちを当局に通報するかの決定をするべきだとの見解を示した、という最近の「事件」を上げて、こんな国で子供を育てたくない、と怒っている。明るい材料を探そうとして、「中間選挙は?」というと、「こんな速度でやりたい放題されたら、中間選挙が起きる頃には遅すぎるよ」といたって悲観的だ。

そりゃあヨーロッパがよく見えるわけです。そして、私自身もこんなことになってしまった国にい続けて良いのかと自問自答している。とはいえ、ヨーロッパが明るいかというとそうでもない気もしていて、近いうちに視察に行こうと思っている。やれやれ。

備忘録:我々はアメリカ帝国の凋落を目撃しているのか(New Republic)

Yumiko Sakuma
Day 322:マリファナは安全か
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ブックコーディネーターの内沼晋太郎さんの誘いで渋谷のラジオの番組に出演し、母、妹とランチを食べて、羽田からLAXに向かった。大切なガールフレンドのひとりであるれいかちゃんが、LAで開ける<Chateau Hanare>の初めての客として、ディナーに招待されていた。れいかちゃんは、いつもあっぱれだと思いながら見ている女友達の一人だけれど、それにしてもLAでレストランを、しかもシャトー・マーモントの敷地に開けるなんてさらにあっぱれである。

ところで今年の頭に、カリフォルニアでマリファナが全面的解禁されてから、ロサンゼルスを訪れるのは2度めである。解禁直後に、娯楽用マリファナの販売を開始したディスペンサリーの前にできた長い列も落ち着き、マリファナを堂々と買ったり吸ったりできる、という状況に、人々はすっかり慣れているようである。ディナーで一緒になった知人が、今行われている写真のショーについて教えてくれた。メル・フランクの「When we were criminals(僕らが犯罪者だった頃)」だ。70年代からマリファナを栽培してきた写真家が、30年以上にわたって撮りだめた作品の展示である。かつては違法行為だったマリファナの栽培・所持・吸引が、今では立派なビジネスになっているが、かつての歴史を振り返るのもまたおもしろい。

アメリカでは、マリファナが30年代に、禁酒法の廃止とともに、違法物質に指定された。地面から生えるマリファナを違法化することには当時から賛否両論あったけれど、禁酒法の取締官だったハリー・アンスリンガーが、部下の捜査員たちの雇用を救うために、マリファナをターゲットにしたロビー活動を行ったのが功を奏した。メキシコを忌み嫌った当時の新聞王ロバート・ハーストや、ナイロンをヘンプで作られる麻に変わる素材として売り出していたデュポン社がこれに協力して、世論は反マリファナに導かれた。そしてアメリカは、国際世論も主導して、マリファナは過半数の国で取締の対象になった。60年代後半から、マリファナ解放運動がはじまり、徐々に医療効果についての理解が進み、今では過半数以上の州がなんらかの形で、マリファナの合法化を実現している。こういったことについては、今本を書いているけれど、つまるところ、マリファナやアルコールやタバコと同じ扱いになりつつある。つまり、まったくいいことばかりではないけれど、成人の利用は、個人の責任で嗜むものとして扱っていこう、ということである。

日本でマリファナが違法になったのも、アメリカさんがそう指示したからなのだけれど、日本では相変わらずで、最近もマリファナに対する締め付けはむしろ厳しくなっているような気がする。日本は日本で独自の路線を歩めばいいのだが、この何十年かの歴史のなかで、国際的な学術界が研究し、発表してきたことを無視し、ただお上のいうことを鵜呑みにするのもどうかと思う。最近、逮捕された同世代のMCについての朝日新聞デジタルの記事のなかに、最近アメリカで人気急上昇の大麻ワックスについての記述に続き、「同部(関東信越厚生局麻薬取締部)は、14年ごろから危険ドラッグ対策が本格化した反動で薬物乱用者の大麻への回帰が進んだとみられることや、米国の一部の州で大麻が合法化されるなどしたことからインターネット上を中心に『大麻は安全』との誤った情報が出回っていることなどが背景にあるとみている」というのを読んで、当局の主張である「謝った情報」をそっくりそのまま書いているのであろうとイラッとした。「大麻が安全」が間違っているという情報が間違っているとすると、その反対の「大麻は危険」が正しいことになる。が、マリファナがアルコールやタバコ以上の害がないことについては、すでにコンセンサスが形成されている。もちろん成長しきっていない子供にとっては安全ではないだろうし、タバコと同じように「吸う」ことによる害はあるだろう。だからこそ、アルコールやタバコと同じように扱うべきだということになっているのである。

備忘録:退役軍人の草の根運動、マリファナの健康効果をシェア(CNN)

 

Yumiko Sakuma
Day 321:アメリカのビザとSNS
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秋に出る本の打ち合わせをしたり、取材を受けたりして、夜は、仲間たちと今後の旅の相談や、最近リニューアルした雑誌の論評などをした。帰りはほろ酔いで恵比寿から渋谷まで歩いた。清掃の人たちがグラフィティを消す作業をしていた。

今、タイトルが決まらないプロジェクトを4つ抱えている。決まらない、というと他人事のようだけれど、思いつかないから決められない。気の利いたタイトルを考えるセンスは文章を書く力とは違う。そしてどうやらそれを持って生まれなかったらしい。いろんなタイトル案がぐるぐるしながらなかなかしっくりこない。けれど今日の打ち合わせで、一歩進歩した。ブレストのパワーだ。

この日、話題になったことのひとつに、アメリカに留学しようとして学生ビザが却下された、というケースがあった。今回の旅で、こういうことが話題になったは2回めだ。アメリカに恋人がいる、と思われたり、過去にビザを申請した履歴が却下の理由になる。アメリカへのビザを取ることがどんどん難しくなっている。もちろんアメリカに恋人がいて、結婚するだろうと思われてしまうとマイナスになるのはわかるのだが、仕事で渡航することも難しくなっているのだ。これまでは短期の商用だったら観光ビザでも大丈夫、という暗黙の了解があったけれど、最近はそうもいかないらしい。政府や世論の保守化により移民局が厳しくなっているのは何もアメリカにかぎったことではないけれど、こういう傾向はいつまで続くのだろう。

と思っていたら、アメリカ政府はビザ申請者に、SNSのアカウントの提出を求める方針で、世論の意見を募っているようだ。これ以前にも、SNSのチェックはしてるだろうと思っていたが、実施されれば、合法で申請者のSNSを堂々と見られることになる。プライバシーもクソもない。アメリカ人との恋愛や、反米的意見をポストするときにはお気をつけあそばせ。

備忘録:アメリカ政府、ビザ申請者にSNS情報の提出求める提案(Traicy)

Yumiko Sakuma
Day 320:ヘイトには愛を
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前回帰ってきたときに、作っていただいたインソールの再調整に行った。インソール屋の森くんに教えてもらった足の体操+インソールのおかげで、腰痛・背中痛はすっかり軽減されている。

それはそうと相変わらずニュースは主にTwitterで見ているのだが、Twitterはヘイトが怖い。開けるたびに、私がフォローしているアカウントのみなさんが、柳美里さんに粘着している人とか、カンヌで賞を取った是枝裕和監督を在日認定している人とか、ヘイトの塊のような人たちと対峙している。アメリカは違うかというと、もちろんそんなことはなくて、特にトランプ以降は、大統領から承認されたかのように、ヘイトを撒き散らしている人たちがいる。先日、銃撃事件が起きたテキサス州サンタフェの学校の前に、アメリカ国旗と銃を持ってきた男の姿を見たし、最近では、ニューヨークのカフェでスペイン語を話していた人を「不法滞在」と決めつけて罵倒した男の映像を見た。

こういうヘイトにどう立ち向かえばいいのだろう、と無力感を感じていたら、「人種差別の弁護士の自宅の外でラテン・パーティ」とのヘッドラインを見た。デモだけど、歌ったり踊ったりしていて楽しそうだ。そうか、ヘイトには愛。愛で対抗すれば良いのだ。なんて素敵なんだろう。またひとつ教えられた。

備忘録:ニューヨーカー、弁護士の人種差別暴言に「ラテン・パーティ」で対抗(The Guardian)

Yumiko Sakuma
Day 319:ロールモデル
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蜷川実花ちゃんの映画の撮影現場を訪問した。大きな現場だし、少しはピリピリしているのではないかと思いきや、みかちゃんはいつものニコニコと軽やかなみかちゃんで、ここのところ現場になると気が張ってしまう自分はまだまだ甘いと反省した。そして夜は女子会。いつも軽やかに、でも真剣に、ブレることなく自己実現の道を進んでいる彼女たち。そして「いつやってるんだろう」と思うほどの生産性で次々と作品を世に出していく。話題は健康のこと(やっぱりそういう世代である)、家族のこと、恋愛のこと、仕事のこと、そして若い頃のこと。馴染めなかった学校のこと、子供時代に遭ったり、目撃したいじめのことも話題になった。あの頃、辛かったのは世界がそこだけで、逃げ場がなかったから。世界は広い、だから自分の居場所はどこかに必ずあるということがわからなかったから。ということを、あの頃の自分に教えてあげたい。

最近、クイーン・ラティーファのインタビューを読んだ。自分のようなタイプのロールモデルがいなかったから、自分自身で行くしかない、と覚悟を決めた、というくだりがあった。かっこいいなあ。

確かに自分も若い頃、目標になるロールモデルいなかった。が、今でも時々、自分が突き進む方向性が見えなくなる瞬間があって、ロールモデルを再設定する必要を感じていた。植草甚一さんを目指そうかなどと考えていたのだが、昨晩、周りにたくさんいるじゃないですか! と気がついた。自分はまだまだ甘いと思わせてくれる女たち。また明日から頑張ろう。

備忘録:クイーン・ラティーファ、17分以内で卒業生たちにロールモデルについてのアドバイス(inc)

 

 

Yumiko Sakuma
Day 318:働きすぎ問題
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東京滞在あと数日となったところで、がががっと打ち合わせが一気に入ってしまい、あたふたと対応するうちに、今日は大きな失敗をして、人に迷惑をかけた。そしてたまったストレスを夜遊びで発散した。キャパが小さい自分が完全にオーバーキャパシティである。やっちゃったなあ。ほんとに。

東京にいると、会いたい人も、決めなければいけないことも多いから、どうしても無理をしてしまう。顔を合わせて話をすることでがっと企画が進む打ち合わせもあるけれど、終わってから、意味があったのだろうかと思う打ち合わせもある。自分のキャパを理解して、取捨選択しなければいけないのに、それがなかなかできない。

それにしてもみんなよく働く。私はフリーだし、ある程度は自分でコントロールできる。誰のために仕事をしているかといえば、自分のためだし、過労になったとして、誰が悪いのかといえば、自分である。が、大きな会社と打ち合わで、参加人数が必要以上に多くて、だからみんな帰りが遅くなるのではないかと、他人事ながら心配になることがしょっちゅうある。効率が良いとはとても思えない。「働き方改革」で変わるのだろうか。

ニュース検索で「overwork」と入れると、その大多数はアジア、特に日本である。過労死はいつまでたってもなくならない。こういうニュースを読むと、おののくような連続勤務時間が出てくる。おそろしや。欧米、特にスタートアップ界隈では、自分の与えられた任務を遂行すれば、何時間働いても良いという考え方が広がりつつある。ちゃんとやっていれば、どこにいてもいい、という会社も増えている。もちろんそれができる業種とできない業種があるのだけれど、働きすぎは、仕事の効率を下げる、ということは理解されている気がする。

備忘録:過労が生産性にもたらすこと(Forbes)

Yumiko Sakuma
Day 317:ストーカーと狂気の沸点
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週刊文春で始まった内澤旬子さんの「ストーカーとの七〇〇日戦争」が怖いという話を聞いて早速読んだら本当に怖くて、それとは別にFacebookでストーカー被害についてののポストを読み、同時に、リアーナのストーカーがリアーナとセックスするつもりで家で待っていた、というネタなども目にし、なんとなくストーカーというものについて考えていた。

最近、アメリカでは、一度デートした男を「ソウルメートだ」と思いこみ、1日500件以上、計65000件のテキストメッセージを送ったり、家に入り込んだりしていた女性が逮捕されて、刑務所でインタビューを受けているのを見たら、完全にメンタルで、この人に必要なのは、投獄ではなく、治療だろうと思ったりもしていた。ストーカーは最初からストーカーなわけではなく、インテンスな思い込みから少しずつ壊れていくのだなと。

ネットには「ストーカーに遭ったら」という情報は大量にあるのだが、ストーカーやストーカー予備軍が読める情報があまりない。探していたらストーカーになりかけていた女性のエッセイを見つけた。やられる方からしたら恐怖の体験も、きっかけは紙一重なんだな、きっと。

 備忘録:自分はストーカーになった(Cosmopolitan)

Yumiko Sakuma
Day 316:裸足のレッドカーペット
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人間ドックに行った。待合室でAERAの「男と女〜その先へ」号を読んだ。硬派なニュース雑誌だったAERAが1996年(自分が大学に卒業した年)に「ラーメン離婚」というコンテンツをきっかけに、働く女性たちの現実を伝える方向にシフトしたことが書かれていた。その記事を執筆した小野智美さんという朝日新聞の記者が、「声を上げれば『だから女性はダメだ』と言われ、余計なりそうで、正直、今も怖いです」と振り返る発言が心に残った。思えば、女性の社会進出は、こういうそれぞれの戦いの積み重ねのおかげで進んできたのだと思う。そして私たちが小野さんのような「怖い」気持ちを抱えていることは、男性たちにはわかりづらいのかもしれない。そもそも「怖い」という気持ちはこちらも必死で隠そうとするわけで。

今回も、いろんな場所で#metooやセクハラ問題について聞かれる。大局を見れば、今私たちが生きている社会は、男性たちが作ったもので、私たちもそこにできたルールに則って生きてきたわけだけれど、それを女性や他のマイノリティにも配慮したルールにしてください、という状況が、今なのかと思う。だからこういう状況になって「やりづらい」と思っている人たちがいたとしたら、今まで今まで「やりづらい」と感じていた人たちが、少しずつ「やりづらくなくなる」ためのプロセスなのだと理解してほしいと思います。

そういえば、女性監督の少なさなどに、女性たちが抗議運動していることが話題になっているカンヌで、クリステン・スチュワートが、カンヌのレッドカーペットで、ピンヒールを脱いで裸足で会場に入っていったニュースを読んだ。知らなかったのだけれど、カンヌには「女性はヒール着用義務」というルールがあったのですね。それに対して、彼女は「おかしい」と声を上げていて、今回もその抗議運動のひとつだった。なんか私も承認されたような気持ちになったよ。ブラボー。ありがとう。

備忘録:クリステン・スチュワート、カンヌのレッドカーペットを裸足で歩くことで「フラットなし」ポリシーに抗議(TIME)

Yumiko Sakuma
Day 315:大人の言うことを聞いてはいけない
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ジャーナリストでメディアアクティビストの津田大介さんのお誘いで、30人ほどのクラスで話をした。キャンパスを通過しながら、英語や中国語が耳に入ってくる。トランスジェンダー学生のために「だれでもトイレ」がある。早稲田、やるな。

ときどき頂くこういう機会のために用意しているプレゼンでは、自分のキャリアの経緯や仕事の内容を説明しつつ、裏テーマは「大人の言うことは聞いてはいけない」である。

大人の言うことを全部聞いてはいけないわけではないのだが、自分を振り返って思うのは、先生や親(政治家とかも)に「ダメです」と言われることを間に受けていると 、自分のやりたいことはできない。自分の人生、責任取れるのは自分だけである。大人と一言に言っても、漫然と年を取っている人もたくさんいるし、各自の思惑で考えを押し付けてくる人もいる。相手がなぜそれを言っているのか、見極める力をつけてほしい。ま、鵜呑みにするなということですね。

備忘録:子供は大人の言うことを聞かない、そうあるべき(The Guardin)

Yumiko Sakuma
Day 314:日本のオーディオブック
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東京での1日目、これから始まる企画の打ち合わせやら何やらで終日バタバタし、夜は兄さんたちと荒木町に行って呑んだくれた。東京にいると普段のペースの3倍くらいに加速しちゃうから、その分、夜は弾けてしまうのである。

ちょっと前にオーディオブックのことを日記に書いたら、友達のきむくんが、オトバンクの社長久保田裕也さんを紹介してくれた。大学を卒業して、当時はまったく未来の見えなかったオーディオブックの世界に進んだという勇気ある御仁。出版業界の人たちにすら止められたそうである。日本でオーディオブックが普及しなかった理由には、アメリカと比較して車社会ではない、とか、いろいろな説明がなされてきたけれど、久保田さん的には、出版社からの抵抗が根強かったから、ということらしい。地道に編集者に会って一人ずつ説得したという。当時1000人もいなかったユーザーが、今では40万人に成長した。恐るべし忍耐力、執念というべきか。私も次作を出すときには、お願いします、と握手をして帰ってきた。

備忘録:オトバンクが「オーディオブック聞き放題」を始めるワケ

Yumiko Sakuma
Day 313:母の日にメンターシップ
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沖縄で最後の夜泊まった、あやはの家には5歳の双子がいて、とても楽しいのだが、「出かけるよ」というときにはやっぱりそれなりに戦場化して、普段、あやははお母さん業をこうやってやっているのだなと頭が下がる。

午後、沖縄を出て東京に向かった。福岡でしたい取材があって、帰りに行こうかと画策しかけたのだけれど「母の日だよ」と妹がリマインドしてくれたので、福岡は次回にまわして東京に戻ることにした。食いしん坊の母のために買ったパッションフルーツと、妹が買ってきてくれた吹き寄せとケーキを食べて、和やかに過ごした。

私はお母さんではないので、自分が未来の世代のためにできることを、とメンターシップのプログラムに参加して、若い人に指導をしていることは前にも書いたけれど、具体的には、若い申請者のために、2ヶ月にわたり、週に1度、スカイプで、人材としての力をあげることを目的として、エクササイズをやっている。自分が何者であるかを人に伝えるために、自分のことを理解して、それを表現する、ということから始まり、自分が人材として何ができるかを考えてもらうところが目的である。夜、スカイプを通じて、それをやっていて気がついたことがある。若者と会うときに、「〜〜をやりたい」という視点は明確に持っている人も多いのだけれど、自分が会社や社会に何をもたらしたいか、もたらせるか、という視点が欠けていることが多いのです。自分が若い頃、その視点を持っていたかは謎であるが、人材としてのスキルを上げるためには、その視点はマストです。特に海外で働きたいと思っているような場合には。ということを、昨日、生徒さんに言ったので、ここに記しておこう。

備忘録:理想の従業員の特徴15(Forbes)

 

Yumiko Sakuma
Day 312:沖縄滞在、最後の日に
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仕事の日程を消化して、沖縄最終日はおやすみ。友達の子供たちと一緒に遊んだり、前回トークショーをさせていただいたカフェ<カラーズ>を訪れたり、夜は、愉快な仲間たちと一緒に食事をしたりした。今日も、今回の取材を手伝ってくれた宮里綾羽さんや、元BMXライダーで最近TABという下着のブランドを始めた伊東高志くんが案内してくれた。

沖縄にこなかった3年の間に、衣食住、そしてカルチャーの分野で行われている試みがどんどん形になってきたような印象を受ける。前も素敵だった栄町市場には新しい店が登場し、沖縄発のブランドの存在を知り、今回訪れられなかった場所の存在を知って、またいつ帰って来られるだろうかと頭のなかでこれからのスケジュールを確認する自分がいる。

ところで今日、沖縄を拠点に活動しているMCのRittoが大麻取締法違反逮捕されたことが話題になった。不思議なのは、容疑が2016年、つまり2年前の所持だということだ。意味がわからない。2年前の所持をどうやって証明できるのだろうか。そもそもそれをやることに何の意味があるのだろうか。なんじゃそりゃと思っていたら、熊本県警に電話をして尋ねた人がいた。おかしいと思うことは、聞いてみる、大切なことだ。

備忘録:ラッパー「RITTO」の大麻取締法違反での逮捕について県警に聞いてみた(The High Class)

Yumiko Sakuma
Day 311:栄町市場で「黄金の花」を聴く
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沖縄取材の最終日。名護の木漆工とけしさんのアトリエを訪ね、ハッピーモア市場に行き、奇跡的にキャンセルが出た「胃袋」で食事をして、最後はもう一度栄町市場に行った。沖縄にずっといる人たちも、移住してきてやっている人たちも、美しい人ばかりだった。

夜の終わり、栄町市場で、三線の渡慶次道政さんが「黄金の花「を歌ってくれた。

「素朴で純情な人達よ きれいな目をした人たちよ 黄金でその目を汚さないで 黄金の花はいつか散る」

黄金、という言葉が「小金」に聞こえる。基地建設で壊される自然、「経済効果」と人は言うけれど、永久に破壊される自然に比べたら、入るお金はどんなに大きくても小金。沖縄は、米軍の経済効果に依存しているんですよ、反対している人たちはお金をもらってデモに参加しているんですよーーーこういうことを言う人たちは沖縄に来たことがあるのだろうか。それともきて、リゾートに直行して、基地の存在は目に入らないのだろうか。

備忘録:「沖縄は基地で食っている」はデマ 翁長知事「むしろ経済発展の最大の阻害要因」(Buzzfeed)

沖縄観光客、ハワイ超え 昨年(日経新聞)

 

Yumiko Sakuma
Day 310:コーヒー収穫体験
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みんなが大好きな沖縄を、ちょっと違う角度から、という企画の一環で、北部のコーヒー農園で、コーヒーの収穫を体験させてもらった。自分で穫った実をむいて、乾かし、ローストするところまでやったコーヒーは涙が出るほどおいしかった。そしてみんな同じ畑から穫ったはずなのに、できあがったコーヒーはそれぞれ違う味だった。詳しくは原稿になるからここには書かないけれど、今までいとも簡単に飲んできたコーヒーの収穫がどれだけ大変なことなのかを思い知った。今日から、まったく違う気持ちでコーヒーに接するはずだ。

農業ツーリズムというやつは、アメリカやカナダでも普及しつつある。みんなが当たり前のように簡単に食べているものが簡単に作られているわけではないと知れば、もう少し感謝したり、大切にしたりするようになるかもしれない。

備忘録:農業観光、小規模農場の成長を助ける(San Francisco Chronicle)

 

Yumiko Sakuma
Day 309:沖縄にて商店街のことを考える
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今日も、ディープに何かを掘っている人や、伝統に自分のスタイルを加えて、新しいものにしている人に会い、夕方から栄町市場を取材した。前回訪れたときは、昼間だった栄町市場のことは、今回、たくさんの意味でサポートしてくれている宮里綾羽さん(お父さんの宮里千里さんと宮里少書店という本屋さんをやっている)が最近書いた本「本日の栄町市場と、旅する小書店 」を読んで、恋い焦がれていた。夜は、千里さんの愉快な仲間たちの歓待を受けて、楽しく三線や歌を聴かせてもらいながら泡盛を呑んだ。

市場にはいろんな人情や人間模様が溢れている。今日、子供が市場でかくれんぼをしているのを見て、自分の子供時代を思い出した。私のはっきりある一番最初の記憶は下高井戸の商店街だ。お遣いをまかされるようになると、肉屋で肉を買ったり、お茶屋でお茶を買ったりした。子供のくせにお気に入りの店も決めていて、相手をしてくれる大人がいる場所で油を売ったりもしていたし、一日中立ち読みをしても怒られなかった。こういうことが今の自分のベースになっているのだと思う。

日本の大半の場所では、商店街は廃れてしまい、その多くがシャッター街になったということになっている。きっとそうなんだろう。でも一方で、廃れてしまった商店街や市場の片隅で、若い人たちが新しい店を始めたり、活気を取り戻すための努力をしたりしている。そういう小さな努力は、国レベルで見ると、数字にも現れないようなことなのかもしれない。が、そういう場所を見つけるのが本当に楽しいのである。

備忘録:地方再生の主役は地方でならなければならない(Global Mission Times)

 

Yumiko Sakuma
Day 308:長寿の島で考える食のこと
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沖縄に到着した。3年前にトークショーをさせてもらったついでに、ご案内いただいて、「ヒップな生活革命」に書いたような価値基準がすでに根付いているのに気が付き、一度取材にきたのだけれど、もう一度来たいという思いがついに実現した。これがどういう形になるのかはおいおい。

到着するなり、和菓子、パン、チョコレート、衣類と、いろんな分野で手を動かしている人たちに取材をする。ここでは、原材料や素材の話が普通に入ってくる。都会でも、原材料や素材が話題になることはあるけれど、やっぱり距離感がある。島でする素材や原材料の話はリアルである。

ところで今日聞いた衝撃的な話、ひとつ。長寿で有名だったはずの沖縄だけれど、それが急激的に変わってきているということ。言うまでもなく、生活習慣や食文化の変化と深く関係がある。私だって、沖縄にかぎらず、日本に帰って来ると食生活が荒れる。アメリカのプロセスフードは健康リスクが高いから、絶対に触らないように気をつけているけれど、日本だって気がつけば添加物天国になっていて、私たちの生活に深く入り込んでいる。特に移動が続いたりすると、きれいなものだけを食べることが難しくなるから。きれいなものばかり食べていると、たまに添加物を口にしたときに具合が悪くなったりもするし、バランスなのだと思うけれど。

備忘録:「長寿の県」ショック再び 沖縄平均寿命 女性7位、男性36位に後退(沖縄タイムス)

Yumiko Sakuma
Day 307:ヒップホップとアメリカ

東京に着くのはだいたい午後で、一度帰宅してシャワーを浴びて、夜はムラカミくんと食事をしながらキャッチアップするのがルーティーンになっている。話題は時事関連から音楽やアートのことまで、そのとき熱い話題が中心なのだが、今回は、ニューヨークでも話題になっているChildish Gambinoのビデオを皮切りに、ヒップホップの話題で盛り上がった。すでに見た人も多いと思うけれど、このビデオはすごい(楽曲もすごいけど)。いろんな歴史的・社会的リファレンスが盛り込まれている。

90年代にヒップホップと出会い、が、ビギー、2pac以降は、ちらちらと追いかけつつも少しずつ離れてしまったのは、抑圧された黒人たちの手によってストリートで生まれた音楽が、いつしか違うものに発展していったからなのだが、ここ最近は、時代の流れとともに、多くの黒人たちが今も置かれている状況が再び露呈されるようになってきて、それとともに、かつての生々しさを取り戻しながら、黒人コミュニティが世の中に打ち出すメッセージの方向性と並行しながら発展している。そしてヒップホップを通じて、アメリカを見ると、また違うものが見えてくる。

そういえば、社会人1年めにローリン・ヒルがグラミーをとったのをみて、会社に「ヒップホップの記事をやりたい」と掛け合い、ラッセル・シモンズにインタビューをとったり、「ヒップホップ・アメリカ」の著書ネルソン・ジョージに会いに行ったりしたなあ。ヒップホップの起源について知りたい人にはおすすめである。

備忘録:Childish Gambinoの衝撃的な「This is America」のビジュアルを解読する(Vibe)

Yumiko Sakuma
Day 306:アメリカというリアリティ番組
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LAを後にして、東京に向かう。友達の子供が帰り際に「バイバイの歌」を歌ってくれた。機内で、大学生くらいと思われる女の子が「カーダシアン家のお騒がせセレブライフ」を見ているのが見えて、カニエが大爆発中であることだし、どうなっているのかとちらりと見てみた。

そのなかで、カーダシアン家の母親のクリス・ジェナーが、コートニーの元夫であるスコットのサジェスチョンによって、自分の人生を振り返るビデオを作るシーンがあった。若きし頃、当時デートし始めたばかりだったロバート・カーダシアンが、当時クライアントで、OJシンプソンと一緒に、ブルース・ジェナーの競技を見に行ったことを振り返るシーンを見た。言うまでもなく、当時人気フットボール選手だったOJは、のちに妻を殺した容疑で刑事裁判では無罪になったけれど、民事では有罪と認定されたお騒がせ野郎で、当時、アメリカを代表するアスリートだったブルース・ジェナーは、ロバート・カーダシアンの死後、クリス・ジェナーと再婚したカイリーとケンドールの父親で、けれど近年、ケイトリン・ジェナーとして第二の人生を歩み始めた人である。リアリティ・テレビというジャンルがアメリカに登場するずっと前から、カーダシアン家のドラマはリアリティ・テレビ級だったのだ、とはっとした瞬間であった。

そう考えると、最近のアメリカは、すべてがリアルタイムで起きるリアリティ・テレビ化している。リアリティ・テレビのスターを大統領にしたわけだから当たり前か。

そういえば、リアリティ・テレビというジャンルが登場してきた頃、そのことをちょろちょろ書いていた覚えがあるけれど、当時は、多くの人たちが「バカバカしい」と軽蔑していた。もちろんバカバカしいものもわんさかあるのだが、今となっては、ひとつに括って「バカバカしい」と退けることができないジャンルに成長している。そもそも起源はどこにあるのだ、と思ってみたら、意外な歴史を知ることになった。

備忘録:リアリティ・テレビの意外な起源(The Washington Post)

 

Yumiko Sakuma