Day 104:me too
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昨日JFKに降り立ったときは「暑いな」と思ったのに、一夜明けたらひんやりと冷たい風が吹いていた。2週間半開けている間に、スケルトン状態だったものが、立派にビルになっていた。朝からヨガのセッションをやり、取材に行って、顔合わせをし、ディナーに出かけた。戻って最初の日をどう過ごすかで、次の2週間にわたる、時差ボケとの付き合い方が変わるから。

午前中、Facebookを開けると「Me Too.」で始まるポストが連なっていた。ハーヴェイ・ワインスタインをめぐるスキャンダルを受けて、「セクハラや性的暴行を受けたことのある女性がみんな、『Me too』で始まるポストをすれば、状況がどれだけ深刻かを伝えることができるかもしれない」というアリッサ・ミラノの呼びかけに呼応するものだった。「ピンヒールははかない」にも書いた、中学時代の「手に射精され事件」をポストした。女性だったら、程度の差はあれ、男性から、不愉快な嫌がらせの対象になることが、特別なことでもなんでもないことは知っている。けれどその現実は、きっと男性たちに伝わっていないのだろう。女性の自分にとっても、あとからあとから性的嫌がらせや暴行に晒された経験を描くポストが出て来るのを見る体験は、ちょっとショッキングだった。そして、今、それに続いてたくさんの男友達が「I believe you」というようなサポートの姿勢をどんどんポストしている。

アメリカ人は本当に「Let's talk about it」が好きだなと思うことがある。話したくなんかないよ、と思ったこともある。もうとっくの昔に乗り越えたはずのことわ、わざわざ今ポストすることにはきっと意味がある。どれだけ多くの女性が嫌がらせや暴力にあったことがあるのかを示すという意味が。言わなかったら伝えることができないことがあるのだ。

備忘録:ソーシャルメディア、暴行についての個人的ストーリーであふれる

Yumiko Sakuma
Day 103:ただいまニューヨーク

実家で最後のTKGを満喫し、リムジンバスに乗るためにタクシーに乗った。裏道を進むと、雨のなか、明らかにコワい感じの男性が立っている。アメリカに行ったばかりの頃、ゲトー育ちの黒人の友達に、怖そうなやつにメンチを切られたら、逸らすタイミングが重要だと教えてもらった。目を早く逸らしすぎると恐怖感が悟られてしまう。だから「私は何も悪いことはしていません」という気持ちで、まっすぐ見返し、よきタイミングで目を逸らすことを心がけてきた。目があってしまったとき、ついつい癖で見返してしまったら、全力で凄まれた。通り過ぎてから後ろを向いたら、思い切り中指を立てているあんちゃんの姿が見えた。

正直、少しゾッとした。東名高速道路死亡事故にも見られたような「なにメンチ切ってんねん」という悪意で、人が死ぬこともあるのだ。見たくないものを見てしまったような気持ちになって、10分くらい暗い気持ちになった。けれどよくよく考えてみたら、いつもおっとりした人たちに囲まれて生きているからといって、この世にいわれのない悪意が存在することを忘れてはいけないのだ。そういえば、私の住む場所からそんなに遠くない場所で、最近、似たような事件が起きていたのだった。

ところで今回はJALでNYに戻った。事前に申し込まなくても食べられるベジタリアンのオプションがほしい、と思ったけれど、そうすると無駄が増えてしまうのかな。そしてどこが字幕を制作しているのかわからないけれど、JALの機内で見る洋画は残念なくらい誤訳が多い。これを読んでいる人で、JALで仕事をしている人がいたら、伝えてあげてほしい。

着陸して、トイレに行った。汚いトイレを見ると、ああ、ニューヨークに戻ってきたのだなと思う。ブルックリンに戻る渋滞もいつもどおりだ。家に近くなったところで、白いバイクが道端に停められているのを見た。白いバイクは、その場所で、サイクリストが車にひかれた事件があった、という意味だ。いろいろなリマインダーがあった1日だった。

備忘録:妻と歩いていた男性、グリーンポイントで刺される

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Yumiko Sakuma
Day 102:東京最終日
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新潟を出発する前、鈴木誉也さん・英美子さんを訪ねて「マリールゥ」に行った。前日トークにきてくれた鈴木さんが「日本で一番おいしいヴィーガンのパンケーキ作ってます」と誘ってくれたのだ。鈴木さんは「あとで言い過ぎたかなと思いました」と苦笑いしていたけれど、私が人生のなかで食べたパンケーキのなかで一番美味しかったのは確実だ。味がしっかりしていて、シロップが必要ない。やわらかくてもそもそしない。だからそれだけ食べても飽きない。「自分は白いご飯が好きだから、ご飯のように食べられるパンケーキを作りたかったんです。ジャムの味に負けないパンケーキを」と教えてくれた。ヴィーガンだけれど、どこにも「ヴィーガン」と書いてない。押し付けがましくないのがいいね。

夕方、東京に戻って夜は遊びに出かけた。今回出入りが激しすぎて、会えなかった人をキャッチしたかったのだ。けんちゃんに誘われて、みんなが大好きなスナックに行くと、<Saturdays>のコリンとモーガンがいた。コリンと初めて会ったのは、彼らが最初の店を出したばかりの頃だった。震災のときにはチャリティ・フリマに、ショールームを使わせてくれたり、他にもいろいろ縁があるのだが、わざわざ飲みに行くようなことはあまりない。だからゆっくり話すのは久しぶりだった。初めて会った頃から、お互いずいぶん走ってきた。「あの頃、本を書くなんて思ってたの?」との問いに「あの頃は、毎日の仕事に必死で、そんなこと、考えもしなかったなあ」と答えたりして。「ところでさ、日本人は、どうしてあんな呑み方をするんだろう」。そういえば、スナックのある雑居ビルに入ってくるとき、泥酔した男性が、自動販売機にもたれて意識を失っていた。「みんなきっといろいろストレスがあるんだよ」と答えたけれど、本当の理由はわからない。

その後、やってきた”マメ”ことデザイナーの黒河内真衣子さんとしゃべり倒し、最後は、ドリー&タジーがDJをしているラウンジに遊びにいって、親友のムラカミカイエと二人で朝まで呑んだ。最近は、いつもまわりに人がいるし、今回は私の出入りが激しくて、ゆっくり話すチャンスもなかったから。この10年以上、精神的にも、仕事の面でもサポートしてくれている親友がいなかったら、きっと私はもっと孤独な気持ちになっていたと思う。今回は余裕がなくてできなかったけれど、次回は絶対パーティやろうね、とまたハグして別れた。帰ってくる場所があるっていいね。

備忘録:酔っ払うことが日本のビジネス関係に重要な理由

Yumiko Sakuma
Day 101:新潟ラブ

高校時代からアメリカに行ってから最初の何年かまでの時間をたくさん過ごしたあっちゃんという友達が、連絡を取り合わないうちに、川内有緒さんという文筆家になっていて、ランチをした。ずっと会ってなかったのに、顔を見た瞬間に、会わなかった時間が溶けていく感じ。若い頃を一緒に過ごした、ということはそういうことなんだろう。今、あっちゃんの書いた「パリでメシを食う」を読んでいる。

そして今回のミニツアーの最終地点は新潟を目指した。3年前の「ヒップな生活革命」ツアーのときもそうだったし、北書店のアウェイなのにホームな感じが、最後の場所にぴったりくると思ったから。新幹線を降りてそのまま、保護者のように同行してくれた「ヒップな生活革命」の編集者、あやめんこと綾女氏とともに、沼垂テラスを目指した。シャッター街のようになっていた製紙工場のそばの商店街が、今、小商いをする人たちの活動の場になっている。最初にこの地で活動を始めたというISANAを見て、Hoshino Koffeeでホットココアを頂いたあと、ハチミツ Plusという骨董屋さんでアドレナリンを放出した。新津のDIYスクールに通い、店を作ることを卒業制作にしたという星野美緒さんが地域の歴史を説明してくれた。「裏通りは昔飲み屋街で、今はもう2軒しか残っていないんですよ」。トークイベントまでまだ時間があったし、一杯ひっかけたい気分だったので、勇気を出して裏通りの「ちゃこ」の扉をあけてみた。6席しかないカウンターの店。呑んでいた3人のおじちゃんたちとおかみさん(という呼び方が正しいのかはわからない)が「若い人だ!」と大歓迎してくれた。沼垂弁はわかりづらい。「あたしが通訳するから」というおかみさんの言葉も難しい。周りの店のおかみさんたちは、80歳になるのを機に店を畳んできた。だからもう店が残っていない。次に新潟にくるとき、この店は残っているだろうか。北書店の仲間たちに「ちゃこに行ったよ!」と言ったら、みんなにとても驚かれた。

北書店は、あいかわらず媚びないこってりした店である。店に入ると、前回のトークを仕切ってくれたオガちゃんが、即席スタンドで、手淹れのコーヒーを淹れていた。オガちゃんは、パートナーのカワちゃんと「SDコーヒー」というユニットをやっている。SDはサウスダコタじゃない。「山頂で」の略なのだ。トーク直前、注文の数にてんぱりすぎて「コーヒーください」という声に「ちょっと今・・・」とオロオロしたりしている。こういう不器用で商売くさくないところが好きだ。みんな、前回から3つばかり年をとった。でもテンションは変わらない。店主佐藤さんとの友達同士の雑談みたいなトークが終わると、「重版おめでとう」とメッセージが書かれたケーキがでてきた。感激した。こういうところが「アウェイなのにホームみたい」なところだ。

新潟の女子たちも参加してくれての打ち上げを経て、深夜まで残ったボーイズたちと大倉酒店に行った。酒屋でクリーニング屋で夜はバー。クリーニング屋をやっている理由は、近くの店が潰れたからだという。クリーニング屋なのに、なぜかタバコ吸い放題。人んちみたいだ。「ピンヒールははかない」が出て、いろんなところで「前とずいぶん違いますね」と言われる。ヒップの続編を期待してくれていた人もいるだろうし、がっかりした人もいるのかなと思ったりする。オガちゃんとカワちゃんに聞いてみたら、「前と同じ佐久間さんだった」と言ってくれた。わかってもらえてる感、ありがたい。

大倉酒店に行く途中で、カワちゃんが、前回トークにきてくれた人のひとりが最近亡くなったことを教えてくれた。前回きたときに元気に生きていた人が、今はもういない。3時をすぎた頃、みんなと熱いハグをして別れた。行く先々で、毎回、お別れがある。握手じゃなくてハグをして別れたい。ハグの感触はいつまでも覚えていられる気がするから。

備忘録:カブスの成功の秘密?グループ・ハグ。

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Yumiko Sakuma
Day 100:女子祭りと多様性
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大学時代からの盟友で慶応大学のビジネススクールで教えている山本晶とランチをしたあとに、写真家の花代ちゃんを、スタジオ(「はなスタ」)に訪ねた。東京のど真ん中なのに、唱和っぽい場所に住んでいた花ちゃんのスタジオも、こんな場所、東京にあるのか?という日本家屋のなかにあった。花ちゃんにはもうすぐ21歳になる点子という娘がいて、花ちゃんの淹れてくれたお茶を飲みながら、20年という時の流れについて考える。私がニューヨークで暮らしはじめての20年の大半の時間を、花ちゃんは表現活動をしながら、子育てしていたのだなあ。花ちゃんはもうすぐ中野にお引っ越しをするのだという。「みんなが訪ねてきて、ガラガラって戸を開けるフネみたいなおばあちゃんになりたいの。日本の消え行くおばあちゃんに」。自分がどうやって年をとりたいか、イメージするって必要なのかもなあ。「ゆみちゃんも、日本に帰ってきたらいいのに」って、花ちゃんが言った。

夕方から、友達で作家のLilyとVogueのオフィスで対談した。1時間半、喋り倒した対談がどんな内容になるか楽しみである。夜は、高校時代からずっと友達の真木明子など数人で女子会をし、最後は、山本康一郎さんのはからいで、ほしよりこさんと猫目のママに合流して、深夜まで呑んだ。シスターフッドな1日だった。

今日会った女子たちの多くが、自分の看板を背負って活動している。みんな信じられないほど一生懸命働き、一生懸命生きている。考え方やスタイルが、世間の「常識」とは違うときもある。だからソーシャルやら何やらで、いろんなことを書かれたりする。それを読む人もいれば、読まない人もいる。自分の友達に書かれるコメントを見て、その心なさに衝撃を受けることがある。ばばあとかブスとかダサいとか、人格や肉体的なことを否定するヒドい言葉が連なっている。それを書くことで、何かすっきりするのだろうか。傷つけたいと思っているのだろうか。そんなことで傷つくぐらいなら、そもそも名前や顔をだして活動できない。でも人間だから、読んでダメージを受けることもある。

夜の最後、相当酔っ払っているときに、ほしさんが、歯茎の治療のために飲んだバイオガイアという錠剤の話をしてくれた(詳しい説明はここに書いてあった)。シンプルに言えば善玉菌を増やす効果があるのだが、それは体内の菌を多様化する、ということでもあるのだという。「自分のなかで、菌が多様化するという経験をして、多様性の強さを実感した」とほしさん。社会だって多様性が強くするのだ、と。けれど日本では、多様性はあまり大切にされていない。

アメリカでは、多様性を排除しようとする勢力がホワイトハウスまわりに蠢いていることはさておき、多様性を重んじるべき、という考えは浸透している。とはいえそれはあくまで建前で、シリコンバレーあたりでは、やっぱり多様性が遅れているという前提のもとに、多様性を担当する部署があったり、役員がいたりする。最近、アップルの多様性担当に就任されたデニス・ヤング・スミスという人が、黒人かつ女性でありながら、「12人の目の青い、ブロンドの白人男性がひとつの部屋にいても、彼らだって経験が違うのだから、多様になる」とか「多様性は、人生の経験だ」などと発言したことが、ちょっとしたざわつきを起こしている。

備忘録:シリコンバレーの多様性問題に、アップルの不可解な見解

 

Yumiko Sakuma
Day 99:赤いリップ

打ち合わせを兼ねて<香宮>でランチをし(リクエストすると作ってもらえるというパパイヤとキノコのスープが絶品だった)、夕方、中目黒のMountain Researchに小林節正さんを訪ね、そのあとスタイリストのまーみんこと坂本真澄が<Phigvel>に連れて行ってくれた。前から「絶対好きだと思う」と言われていたのだ。デザイナーの東野くんは、靴を浅草の工場で作っている。オーナーがいなくなってしまい、閉鎖の危機にさらされていたのを、東野くんと働いていた人たちで力を合わせて立て直し、今は、若い人たちを中心に靴を作っているのだという。こういう話が先日Loopwheeler で伺った鈴木さんの話とつながる。余った革がもったいないからと作り始めたキーケースがUSのGQに取り上げられて、思わぬヒット商品になったというエピソードも面白かった。

そのあと先日、トークでご一緒したメイクアップ・アーティストの早坂香須子さん、スタイリストの辻直子さんと合流した。二人とも「ピンヒールははかない」の力強いサポーターである。早坂さんが、「あまりに女性性と切り離されすぎてヤバい、そろそろ口紅くらいしようかな」という私のつぶやきに、赤いリップをプレゼントしてくれた。早速、口につけてみたら、私が苦手だった口紅の香料の匂いがまったくしない。「メイクを日常的にする女性は、口紅7本分を食べちゃってる。これは口に入れても大丈夫な成分でできているんだよ」と早坂さんが教えてくれたリップは、「ミネラル・ルージュ」という商品だった。私が7年くらい(いろいろ思い出したらたぶんそれくらい)遠ざかっている間に、リップも進化していたよ。

そもそも似合わないし、まずいし、面倒だし、と遠ざかっていたリップには、女性の気分を変える効果があるんだよな、と改めて思い出した。MOMAで最近始まったファッションの展示でも、赤いリップが展示されているのだという。ニューヨークに戻ったら見に行かなくっちゃ。

備忘録:なぜファッション展に赤いリップとスパンクスがふさわしいのか、ポーラ・アントネッリの弁

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Yumiko Sakuma
Day 98:ベジ生活 in 東京
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ニューヨークから到着したばかりのゆかさんと大好きなクレッセントでランチをし、取材を2つばかり受けて、愉快な仲間たちと精進料理を食べにいった。気がついたら6人全員が、断食をしたり、ヴィーガンになっていたりしている。つい最近まで、みんなでギトギトしたものを食べていたことが信じられない。

これが世代的なものなのか、時代の流れなのか、という話題になった。自分の口に入れるものが自分の体を作る、という自覚が生まれてきたこともあるし、あのときの勢いではやり続けていけない年齢になっていたのだと思う。これからの時代、一番の財産は健康なのだと強く思う。

肉を食べるのをやめてから初めて帰国して、菜食生活の難しさを実感している。ベジタリアン・フレンドリーな店が増えている一方で、普通の店に行くと、ベジタリアンが食べられるものがない、なんてことはしょっちゅうだ。ランチのメニューで、唯一食べられそうな高菜炒飯を頼んだらひき肉が入っていたなんてこともあった。私は肉を食べないだけだからまだラクだが、動物性のものを一切使わないヴィーガンのみなさんは、出汁なんかにも気を使わないといけないから大変だ。そういえばゆかさんも、ヴィーガンのお客さんと一緒に帰国したとき苦労したという話をしていた。

近くのベジタリアン・レストランを教えてくれる<ハッピー・カウ>というアプリを使うと、ベジ系のレストランは増えている。でもベジタリアンでない友人でも楽しめる店に行き、食べられるものがある、というのが理想だと思う。普通のレストランのみなさんにも、オリンピックが起きる頃までには「肉を食べない人がいる」という認識を持ってもらいたいものである。

備忘録:日本でベジタリアンとしてサバイブするためのヒント

Yumiko Sakuma
Day 97:ハリウッドのシスターフッド

ミニ・ツアーの日程も新潟のイベント(13日)を残してすべて消化し、この日はオフを決め込んでのんびりした。夕方、ブレックファスト・クラブで女友達とお茶をし、ほぼ隣のゴールデン・ブラウンで豆腐とゴボウのバーガーを食べた(のんびりしたついでに写真を撮り忘れた)。

朝、読んだ、ハーヴェイ・ワインスタインが兄ボブとともに議長を務めていた自分の会社から解雇された、というニュースのことを考えていた。ニューヨーク・タイムズ紙が、ワインスタインの長年にわたるセクハラについての暴露記事を出したのが10月5日。以来、この問題は、連日、トップニュースを飾っていた。

ワインスタインは、「パルプ・フィクション」や「グッドウィル・ハンティング」などの多数の素晴らしい映画をこの世に送り出した凄腕のプロデューサーで、この件が明らかになってから、過去のオスカーのスピーチのなかで、神より頻繁に感謝された、などの分析記事まで出ている。

HBOのドラマ「Entrouge」などで描かれたワインスタインの下品なキャラクターを見ても、女優や女性スタッフを呼びつけて全裸または半裸で待っていた、などの醜いセクハラをしていたこともまったく驚きではないのだが、驚くのは、こうしたことがこれまで問題にならなかったことである。しかも、アシュリー・ジャッドのような女優も対象になっていたらしく、今になってたくさんの女性たちが名乗り出てきている。

ワインスタインは、マイケル・ムーアの映画のプロデューサーでもあったし、民主党のドナーとして、ヒラリー・クリントンをはじめとする民主党議員に多大な寄付をしてきた人だ。少し前に、FOXニュースのスター・キャスター、ビル・オライリーのセクハラが明らかになって、最終的には仕事を失ったこともあり、保守派サイドからは、「オライリーを叩いたように、ワインスタインを叩けよ」というプレッシャーがある。そしてワインスタインから献金を受けていた民主党議員の多くが、受け取った額と同じ額を、チャリティに寄付している。

ハリウッドでもっともパワフルな人間のひとりによるセクハラが長らく看過されてきたことには驚きであるが、いろいろ読んでいると、女性たちは、ワインスタインに呼ばれると、複数人数で訪ねるなどの対策をとったりしていたようだ。誰かが名乗り出てくれることを待っていたのかもしれない。そして最初の暴露記事が出てからは、たくさんの女優たちが、名乗り出た人たちへのサポートを表明している。こういうのもシスターフッドなのである。

備忘録:ハリウッド女優から告発した女性たちへ「信じます」

Yumiko Sakuma
Day 96:シスターフッド

朝おきて、みんなに挨拶をし、小松空港に向かった。さすがにちょいと疲れ気味で、自分はすっかり休日の気分だったけれど、前日のフリマの参加者は、みんなまた仕事に戻っていった。三連休とか関係なく。みんな仕事が趣味、というタイプだから、さすがである。私は羽田から、ファーストシーズンから応援しているニューヨークのデザイナー、Sawa Takaiの展示会に立ち寄って、その後、ちょっと遅れた母と妹の誕生日ディナーをして、最後にバースデーケーキのかわりに「タケノとおはぎ」のおはぎを食べた。

前日の日記の備忘録に使ったヒュー・ヘフナーの記事の見出しに、「sisterhood」という言葉があって、訳しづらいのでそのまま使ったことが、ずっと頭のなかに残っていた。なんだろうね、シスターフッド。女子間の連帯、って書くと、急に社会運動っぽくなってニュアンスが変わるし、女子の絆って書くとなんか陳腐に聞こえてしまう。

子供の頃、女の子が怖かった。小学校の上級くらいから、エグいいじめを目撃するようになったし、私がおいたをしたりしていると、その場では何も言わない子が、さらっと先生にチクったりする。誰かの陰口をききながら、その相手と仲良くしたりするのも怖かったし、平気で嘘をつくのも怖かった。男の子たちは「うんち」とか「でべそ」とか、くだらないことを言って笑っている。うらやましかった。そんななかでも、数少ない「親友」と呼べる人には出会ったことだけが、つくづく幸運だったと思う。

他者としての女の子が怖くなくなったのは、たぶん30すぎてからだと思う。社会に出てから、がんばっている女子に出会い、彼女たちの愛で、だんだん怖くなくなったのだと思う。そんな自分が「ピンヒールははかない」で女性の物語を書けたのは今思っても奇跡みたいなことだ。そして、「女子怖い」と腰が引けていたはずの自分を、まっすぐな愛で包んでくれた、世の中でカリスマとされる女子たちが、インスタで、表紙の写真をがんがんアップしてくれたことが、自分が予想していた以上の女性たちにこの本が届くことにつながった。なんだかんだいってエモな自分は、そういうことを考えて泣きたくなる。ときどき本当に涙が出ることもある。そういうことがシスターフッドなのだと思う。

ところで昨年、ヒラリー・クリントンが選挙に負けたことで、「シスターフッドはどこへいった」的な議論が、いまだにうごめいている。私のなかで「トランプが選挙に勝ったこと」と「ヒラリーが負けたこと」は微妙に違う。「女性への扱いがダメな男」を勝たせないために団結できなかった(トランプに投票した女性が衝撃的なほど存在した)」ことは残念だけど、「女性であるヒラリー・クリントンを大統領するために団結できなかった」ことを「シスターフッドの敗北」とされるとイラッとするのである。なぜなら残念なことにヒラリー・クリントンはシスターフッドの象徴ではないから。「女性同士はみな味方」はシスターフッドではない。ただの幻想である。そしてヒラリー・クリントンが、自分に投票しなかった女性がいる理由を「夫のプレッシャー」と分析してるのを見て、本当にわかってないとがっかりした。今起きている深刻な問題から関心をそらす結果にしかなっていないので、そろそろ黙ってほしいものである。

備忘録:ヒラリー・クリントンはシスターフッドにたどり着いたのがおそすぎた

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Yumiko Sakuma
Day 95:フェートンで話したこと

前日も朝方まで呑んでしまい、眠い目をこすりながら加賀市に向かった。小松空港の近くに、私がひそかに「日本で一番かっこいい店」なのではないかと思っているフェートンというショップがあって、そこで行われるフリマ+トークイベントに呼んでいただいていたのである。そもそもフリマに参加するのなんて学生時代以来。他のブースの人たちと1日を共有することでどんどん仲良くなっていく感じが懐かしくもあり、楽しくもあって、朝起きたときの「1日持つだろうか」という心配はまったく杞憂で、1日があっという間に終わってしまった。

トークの相手は、メイクアップ・アーティストの早坂香須子さんである。共通の友達がたくさんいるのに、これまですれ違いばかりで会うチャンスがなかった。そもそも彼女とトークをすることになったのは、Old Joeのデザイナーの高木くんが「メイクしない人と、メイクの人がトークするとかおもしろくないですか?」と言い出したからなのだが、「私はいいけど、早坂さんはそれでいいの?」と聞いた気がする。実現することが決まってからも「何話せばいいんだろう」と若干心配してたのだが、美しさってなんだろう、シングルであること、仕事以外に趣味がないけどいいんだろうか?と、話題は尽きなくて、あっという間に終わってしまった。

フェートンのオーナーである坂矢さん主催の打ち上げのあと、なんだか楽しい気持ちを終えたくなくて、付き合ってくれそうな人をつかまえてホテルで飲み直した。飲みの席でよくあがりがちな「女の友情」が話題になり、ゴールデン・ブラウンのかっこいいオーナー(と書けと言われた)のぶさんが「友達の彼氏を好きになったら、男をとるだろう?」というので、中指を立てつつ、全力で否定した。友人キャロラインの言葉を借りれば、男はバスみたいなもんで、ひとり去っても、またそのうちやってくる。女友達はそうはいかないのだ。すると、のぶさんがおもしろいことを言った。「男も(女たちに)シェアしてほしいよね。シャリングエコノミーの時代だし」。

女性は、男性を他の女性とシェアするのに抵抗を感じるかもしれないけれど、私も、ここ最近、ときどき書いているように「そもそも一夫一婦制は正しいのか」と疑問に思っている。まわりを見回せば、他でちょろちょろする既婚者多いこと。生物学的にも、一夫一婦制を疑問視する議論はあるし、だいたい、権力争いに勝ってきた国たちのの都合で、夫婦は一対一、と決められたわけである。そこから、「いろんなことにガタがきていて、前提条件を考え直さなきゃいけない時期なのかもね」という話になった。一夫一婦制から民主主義まで。

そういえば最近91歳で亡くなったプレイボーイ誌のヒュー・ヘフナーは、一度結婚したことがある以外は、複数主義(ポリアモリー)を貫いた人である。若い頃は、好きじゃなかった。でも、彼が亡くなったフェミニストのグロリア・スタイネムが彼について書いた記事のことなどを読んでいて、ヒュー・ヘフナーを嫌だと思う気持ちも、一夫一婦制が正しいという前提で見ていたからだなと気がついた。アメリカで複数主義が徐々に受け入れられるようになっているところを見ると、やっぱりいろんな意味でパイオニアだったのだなと思う。とはいえ、これまで前提になっていたことを覆すのは簡単なことじゃない。複数主義が成功するためには、女性が被害者意識を捨てることがまず第一歩なのかもしれない。まだまだこのあたりは考えがまとまらないのだけれど、現在進行系で考えていこう。

備忘録:フリーセックスの理想的シスターフッドでアメリカのモラル観を揺さぶったヒュー・ヘフナー、91歳で死亡

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Yumiko Sakuma
Day 94:植本一子さんとセラピーの話
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写真家で文筆家の植本一子さんと対談した。「かなわない」「家族」に続く「降伏の記録」が25日に刊行される。「ピンヒールははかない」を書いているときに「かなわない」を読んで、会って話をしてみたいなあと思っていたら、「ヒップな生活革命」の編集者である”あやめん”のはからいで実現したのだ。新作のゲラを読ませていただいたのだが、前2作でわからなかったことの答えがこの作品にあった。

きっと会ったら大好きになってしまうだろうなあと思ったけれど、本当に大好きになってしまった。心細かった子供のときの自分をまだ持っている人だと思った。「ピンヒールははかない」を書いて、「赤裸々」とよく言われるが、植本さんに比べたら、まだまだ覚悟が足りないと思う。そんな話を皮切りに本音のトークができた。これ以上書くとネタバレになってしまうので、やめておくが、温度というメディアに出る予定です。

そのなかで、書きたいと思いつつ書けていないセラピーの話題にもなった。日本ではまだまだ普及していないけれど、ニューヨークではセラピーに通っている人はとても多い。友達とよもやま話をしているときに「その話って、シュリンク(セラピストのこと)にした?」となることも多い。やっぱり一度書いてみよう、と改めて思った。

備忘録:サラ・シルバーマン、レナ・ダーハム他、新ウェブシリーズでセラピーを語る

Yumiko Sakuma
Day 93:フリーランスと自由

Flying Booksの山路くんと待ち合わせてTokyo Art Book Fairに行き、ニューヨークで売り切れになっていた石川真生さんの写真集をはじめ、何冊か素敵な写真集をゲットした。

夜は、デザイナーやスタイリストのファッション系の友達とご飯を食べ、そのあと、フォトグラファーとCM監督の兄さんたちの会に合流した。どちらも笑い声があふれる楽しい会だった。

前夜は、朝日新聞という大きな企業を離れた稲垣えみ子さんと話をし、「大企業に勤める」という生き方の是非が話題になったわけだけれど、実は私のまわりには、大企業に勤めた経験のあるような人はとても少なくて、最初から自分の看板を背負って仕事をすることを目指し、下積みを経て、そうやって生きてきた人のほうが多い。東京でもニューヨークでも。

どっちがいい、悪いではなくて、向き不向きの問題なのだ、と思うのは、自分は最初から「自由人」を目指していたとはいえ、企業人生にも一応トライして、「やっていけない」と思ったからだ。一連のトークショーでも、自分が「自由」を目指してきたこと、でも実は「自由」を達成することはとても難しいこと、自由=自己責任という話を何度もして、そのことがずっと頭のなかにあった。だから昨晩は、みんなの幸せな笑い声を聞きながら、「きっと闘いの種類が違んだよなあ」と酔った頭でぼんやり考えていた。

ところでアメリカでも、「自分が自分のボス」という職環境を求める働き手と、福利厚生のコスト負担を減らしたい企業の思惑と一致して、フルタイムの勤務ではなく、フリーランスで働く人が増えている。フリーランスの仕事をよく「gig」というので、最近はこの新しい経済の形を「ギグ・エコノミー」といっている。

備忘録:新しい「ギグ・エコノミー」においてフリーランスが未来

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Yumiko Sakuma
Day 92:稲垣えみ子さんと
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稲垣えみ子さんとトーク。まだ朝日新聞社にいらっしゃった頃から、いつかお会いしたいと思っていた稲垣さんですが、ビジネス・インサイダーの浜田敬子編集長のはからいでご紹介いただき、あれよあれよとスカイプで対談が実現したかと思ったら、トークまでできてしまったのでありました。スカイプで声も聞いたし、お顔も散々拝見したけれど、リアルに会うとやっぱり違う。楽しかった。

トーク前の打ち合わせで、テーマは「不安」にしようということになった。将来の不安、老後の不安、仕事の不安ーーーみんな不安は抱えている。もともと人にびっくりされるほど楽観的な自分でも、以前はもう少し不安を抱えていたとおもうけれど、3年前に大怪我をしたことで、逆に不安から解放されてしまった。不安に感じたところで、何かが解決するわけではないし、むしろ「不安」を抱えていると、やりたいことを我慢してしまったり、前に進めなかったりするから、かえってマイナスなのである。

とはいえ、生活が楽しくなかったら、もっと不安に思ってしまうのかもしれない。近所に住む友達がいて、なんとなくゆるやかな互助システムができあがっているから、年をとってもきっとこういう感じでやっていけるのではないかと楽観している。稲垣さんも、ご自分のコミュニティでそういう暮らしをしている。普段から、コミュニティ活動をしているかどうかは大切なカギだ。暮らす地域や趣味が同じ人たちと、お金以外のものを交換する。労働とか善意とか。

昨日稲垣さんから伺っていいなと思ったのは、音楽雑誌の連載で、決して高いといえないギャラのかわりに、ピアノの先生を紹介してもらい、ギャラを月謝にまわすということを思いついて、ピアノを習っているという。私も、若いブランドなんかに何か頼まれると、お金のかわりに「クレジット」をもらったりする。こういう話をするのがとても楽しかった。

打ち上げのときに、再び、「不安」の話になった。死んだときにすぐ見つけてもらえなくて、腐乱死体で発見されたらどうしよう?とかね。どうしようも何も、死んでしまったらどうにもできないし、きっと心配する必要はないと思うのだがまったくわからなくもない。そう考えると人の不安はだいたい「死」とつながっているような気がする。そんなことをぼんやり考えていたら、稲垣さんが膝を打ちたくなるようなことをおっしゃった。「不安だ、不安だ、っていう人が、自分のまわりの人を助けたりしているようには思えない」。確かに、老後が不安なのであれば、今から、自分のコミュニティに暮らすおじいちゃん、おばあちゃんを助けたり、地域活動に参加したり、「徳を積む」というと迷信くさく聞こえるけれど、今からそういう活動をやっていくべきなのだと思う。

そういえば、先日、ポートランドから東京に撮影できていたチェルシーが、シニア・ホームと幼稚園を合体させた場所がある話していたなあ。

備忘録:老人ホーム内のプリスクール

Yumiko Sakuma
Day 91:先輩たちとの会話

キャラバンも今日はおやすみで「ピンヒールははかない」の表紙のイラストを描いてくれたサトウアサミさんとランチをしたあと、LOOPWHEELERの鈴木諭さんに会いにいった。みんなが大好きな吊り編み機で作るスエットを作っている人である。「誰からも相手にされなかった頃」から、ヨーロッパで注目されるようになり、「最近は、工場でも若い人たちが働いてくれるようになって」という話をしてくれた。

工場で働きたいという若者がいない、という問題。「ただ縫ったり、折ったりしてるだけで、誇りが持てるわけないよねえ」と鈴木さんはいう。だから工場の4代目の20歳の若者を預かって、一緒に働いた。彼はオフィスで働き、店に立って、どんな人たちがLOOPWHEELERの商品を買いに来てくれるかを体感した。そしてその後、自らの意思でロンドンに1年暮らし、今工場で、若者たちを取りまとめているのだという。いい話だ。

夜は、友達の鳥羽くんと愉快な仲間たちに会いに<GINZA MUSIC BAR>に出かけた。大沢伸一さんが「日記、読んでますよ」と声をかけてくれる。「古いものを好きだって書いてたけど、服にしても、文化にしても、50年代や60年代が頂点だったと思うんですよね」。そのあとはモノの作られ方が変わってしまった。だから今も残っている古いものに愛しさを感じるのだ。「音楽だって、『これくらいあればいい』っていう量を超えちゃってるんです。Youtubeひとつとっても、大量な情報があるけれど、何もわかっていなければ、自分の好きなものを見つけることはできない。僕らが育った頃とは全然違うんですよね」。本当にそのとおりだ。情報量は圧倒的に多いのに、欲しい情報が近いわけじゃない。だから、こんな時代に何を作っていいのか、何を発信していいのかを考えながら、球を打っていきたいですね、という話をした。

日記を始めて良かったなと思うのは、「あれ読んだよ」ということをきっかけに、その後の会話が広がることだ。そしていろんな人たちが、いろんな話をしてくれる。それが私にもヒントになる。それがやり続けている先輩だったりするとなおのことうれしい。ときどき、「毎日おんなじようなこと書いてんな」とか「意味あるのかな?」と思う。でも今回、帰国して、「やっててよかった」と心底思った。

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Yumiko Sakuma